ソロで生きる力@荒川和久

独身研究家として、テレビや新聞・雑誌などのメディアに出演しています。著書「結婚滅亡」「ソロエコノミーの襲来」「超ソロ社会」「結婚しない男たち」など。東洋経済オンライン等でコラム執筆しています。執筆・取材・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージからお願いします。https://www.facebook.com/profile.php?id=100008895735359

川崎、京都、神戸、福岡の4都市が4年で死滅する未来がすぐそこに

あけましておめでとうこざいます! 2020年初投稿です。本年もよろしくお願いします。

正月、田舎に帰省したのですが、話題が葬式の段取りの話(誰を呼ぶの呼ばないの)とか墓の話とか坊さんをどうするかとか、そういえば誰々が昨年亡くなったとかいう話ばっかりで、迫りくる高齢化多死社会の足音がでかくなっていることを痛感しました。

「お正月に葬式の話なんて縁起でもない」と思いますか?実は、もうそんなことは言ってられないかもしれないのです。

 

12月に発表されたばかりの総務省人口推計では、2019年の死亡者数見込みは137万6千人。第二波のスペイン風邪(インフルエンザ)による死者増で年間142万人死亡した1920年以来の高い数値です(ちなみに、スペイン風邪第一波は1918年で死亡者数149万人。正確な統計のない太平洋戦争中を除けば、明治以来この年が過去最高の死亡者数の記録)。

2019年は、芸能人・有名人の方もたくさんお亡くなりになりました。

映画やバラエティで活躍した俳優の梅宮辰夫さん(享年81)、アニメ「ルパン三世」の石川五ェ門役で知られる声優の井上真樹夫さん(享年81)、テレビドラマ「サインはV」のコーチ役などで活躍した俳優の中山仁さん(享年77)、芸能リポーター福岡翼さん(享年78)、プロ野球で唯一の400勝を達成するなど史上最高の左腕投手と呼ばれた金田正一さん(享年86)、「塀の中の懲りない面々」などで知られる作家の安部譲二さん(享年82)、「だいたいやね」の辛口コメントで知られる評論家の竹村健一さん(享年89)、映画やテレビの司会で幅広く活躍したタレントの高島忠夫さん(享年88)、ドラマ「太陽にほえろ!」「傷だらけの天使」など数々の作品で知られる俳優の萩原健一さん(享年68)、テレビドラマ「家政婦は見た!」シリーズなどで知られる女優の市原悦子さん(享年82)、「岸辺のアルバム」をはじめとする名作ドラマに出演した女優の八千草薫さん(享年88)、樹木希林さんの後を追うように内田裕也さん(享年79)が亡くなったのも2019年でした。

上記はテレビなどに出られた方メインで紹介しましたが、個人的にはツイッターをフォローさせていただいていた小池一夫さん(享年82)の死がとても残念でした。

 

しかし、これから日本は本格的な多死社会に突入します。

間もなく、2024年には年間死亡者数150万人を超えます(社人研・中位推計による)。多分、太平洋戦争時の死亡者数に匹敵するでしょう。そして、その150万人以上死ぬ時代がそれから50年以上も継続します。

150万人というのがどれくらいの規模かというと、川崎市京都市、神戸市、福岡市の人口と同等です。いうなれば、4年間でこの4都市全部の人口が死亡するに等しいわけです。それが50年間続きます。

2020年から2071年の約50年間で延べ8100万人がお亡くなりになります。この8100万人の死亡者の9割は75歳以上の高齢者となります。

 

2100年に日本の人口は今の半分の約6000万人になると推計されています。その要因の大部分は、この「多死」によってもたらされます。逆に言うと、戦後日本の人口増加は、ベビーブームなどの出生数増加もありますが、それ以上に「死なない(少死)時代」だったからなのです。

人口メカニズムでは…

 

この続きは日経COMEMOにて。

 

comemo.nikkei.com

 

2019年の振り返り~どんどん現実化していくソロ社会

今年も残すところ今日一日となりました。

せっかくですので、今年やったことをざっと振り返ってみたいと思います。

一番大きいのは、今年は4月に「ソロエコノミーの襲来」、11月に「結婚滅亡」と1年に2冊新刊を出したことですね。

結婚云々の問題だけではなく、未来に必ずやって来る「ソロ経済」や「コミュニティのあり方」について書いた本です。未婚だけではなく、既婚の皆様にもぜひ手に取っていただきたいと思います。

来年以降も精力的に本は出していこうと思います(ネタは山ほどあります! )。出版社及び編集者の方はぜひお声掛けください。

 

そして平行して今年もたくさんの記事を書かせて抱きましたが、東洋経済オンライン連載「ソロモンの時代」で、2019年一番読まれた記事は7月のこちらです。

toyokeizai.net

 

 

かつて標準世帯と呼ばれた「夫婦と子」世帯は20年後約2割になります。日本全国どこも家族が消滅していきます。こうしたファクトを意外にもご存じない方が、結構多いことに驚きます。

こうした世帯構造の変化がもっとも影響を及ぼすのがまさに消費構造です。特に、商売をしている方は、もはや昭和の世帯構造とはガラリと変わってくるのだ、と認識を新たにする時が来ていると思います。

 

もうひとつのマイナビウーマンの連載「知らないと困る結婚の数字」で一番読まれたのは、7月公開のこちらの記事でした。 

woman.mynavi.jp

 

 結婚の沙汰の金次第という世知辛い話です。

日経COMEMOに書いた記事でもっとも読まれたのは9月に書いたこれ。

comemo.nikkei.com

 

 

少子化ではなく少母化」という新見解を出した点、我ながら画期的だと自負しています。この記事きっかけでテレビや新聞の取材も激増しました。それによって再び読まれ出されているという好循環。

 

最近ですが。もっともバズッたのが、マネー現代に寄稿したこちらの記事。 

gendai.ismedia.jp

 

 

340万人もの未婚男余り現象については、僕は2016年から言い続けていることなんですが、まだまだ認知が低いようですね。「未婚おじさん」「時間差一夫多妻制」という僕の作ったワードが検索ワードになったりしました。 

 

また、今年、5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)でもっとも書き込みされた記事は、こちらです。17スレまで伸びました。 

www.2nn.jp

 

 

元記事は東洋経済の記事ですが、本記事よりも2ちゃんねらーの人たちの盛り上がり方が凄かったようです。

 

テレビにもたくさん出ました。NHKには3回、テレビ朝日3回、フジテレビ2回、テレビ山梨1回、韓国のテレビ2回(なぜか日本テレビ、TBS、テレビ東京には呼ばれてない笑)。

どれも印象に残ってますが、テレ朝の「駆け込み結婚相談所」は、司会が麒麟の川島さんでバラエティとしての出演だったのでとても楽しかったですね(但し、コメントはガチアドリブです)。

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ただ、一番強烈に印象的だったのは、NHK名古屋の「ナビゲーション」への生出演で、中川翔子さんとソロ活について「わかる~」と言いながら語りあったことです。その内容については拙著「結婚滅亡」の中にもエピソードとして書かせていただいています。

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何より、「結婚もしないで一人でいること」をネガティブに論じた某大学教授に対し、しょこたんが一刀両断でロジカルに論破しまくったところが痛快でした。もうそれだけで僕は彼女のファンになりました。

ネットの番組にもたくさん出ましたが、NewsPicksの「TheUPDATE」に出た時の回「結婚派時代遅れなのか?」が閲覧人気ランキング 2位になっているそうです。ありがとうございます。

 

 

さらに、今年もたくさんのイベントに登壇しましたが、もっとも印象深く、個人的にもとっても楽しかったのが、脳科学中野信子さんとのトークイベントでした。台本なし、事前打ち合わせなしでしたが、こんなに噛みあうのは相方の中野さんが凄いからですね。

トークイベントの模様は書き起こしメディア「ログミー」サイトでお読みになれます。自分で言うのもなんですが、おもしろいですよ。ただ、イベント全部の書き起こしなのでお時間ある時にどうぞ。 

logmi.jp

 

 雑誌にもたくさん出ました。3月15日発売されたDIME5月号「新しい家電の教科書」という特集の中にてインタビューが掲載されましたが、その中で、今後ソロ市場は無視できないボリューム市場になると予言して、事実特に家電などは「個電」化が進み、その通りになっています。

 

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ニュースでもファミレスの一人席が話題になったり、一人旅需要が大幅に伸びているなど、もはや「おひとりさま」なんて揶揄している場合ではなく、そこの顧客を逃した企業から負けていく状態になるでしょう。着々とソロエコノミーに消費構造が向かいつつある証拠です。

結婚を社会学的な観点だけで見ようとする人が多いのですが、むしろ結婚とは経済学です。マッチング理論であり、マーケティングでもあります。愛だの恋だの、本能だの、そういう視点じゃダメです。いうなれば損得原理なんですから。そういう観点で見ている学者は皆無ですし、そう見ていかないと、本質を見誤るでしょう。

それから、書ききれませんが海外の取材もたくさんありました。日本の未婚化・非婚化とそれに伴う少子化・少母化と人口減少は、中国・韓国などの東アジア諸国だけではなく、ヨーロッパにとっても大きな関心事です。世界に先駆けて「少産少死から少産多死へ」移行する日本に世界が注目しています。

来年は、いよいよ2020年の国勢調査の年でもあります。5年前からどう変化しているのか、個人的にも楽しみですし、自分としても今までの殻を破った書籍の展開など検討しています。

来年もよろしくお願いします。

よいお年を! 

蔓延する「正義依存症」の怖さ

こんなニュースがあった。

堺市教育委員会によると、大阪府堺市の市立堺高(定時制)の男性教諭(62)が12月25日、余った給食を持ち帰っていたとして懲戒処分された。「捨てるのがもったいなかった」と話しているという教諭は、処分を受けて同日付で依願退職。同教諭は給食の配布や片付けの指導を担当しながら、約4年間にわたって、余ったパンや牛乳を無断で持ち帰っていたという。彼が持ちかえったのは、4年間でパン1002個、牛乳約4178本(総額約31万円相当)とのこと。31万円は全額返還したという。

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これに対して、ネットでは教諭を擁護する声と非難する声との賛否両論が起きた。

この教諭は、31万円全額返金していることからも、食うに困るほど飢えていたわけではないだろう。擁護派の言うような、フードロスを考えての行動だったかどうかも本当のところはわからない。

非難派の意見の中には、無断で持ち出したことのみに非を認めて「だったらちゃんと声をあげて、フードロスへの意識や公費の無駄遣いに関するに認識を広めるきっかけ作りにすべきだった」といういかにもテレビのコメンテーターがいいそうなことを言う人もいます。

でも、仮にそんな声をあげたらどうなっていたと思います?「いいんだよ、そんな波風立つようなこと言わなくて。予算が削られたら面倒だ。いままでどれくらい捨てていたのか追求もされる。黙って捨てておけばいいんだよ」と言われるのがオチですよ。

また、食中毒の危険性を指摘するものもありますが、そもそもパンと牛乳だけだし、4年間で前述の量なら1回当たりパン1個、牛乳4本であり、そんな危険性は杞憂でしょう。

「万が一食中毒が起きたらどうするんですか! 」と青筋立てて怒っている人も見かけましたが、落ち着きましょう。食中毒の発生する確率は持ち帰ろうが学校内で食べようがたいして変わりません。持ち帰ったものだけが食中毒増えるなんて証明は不可能です。

多かったのは、「ルール上では廃棄することになっているのだから、無断で持ち帰るのは泥棒と一緒である。こういうことを見過ごしていたら、社会として成り立たなくなる」みたいな正義感にあふれた意見も多かった。

もちろん今回の件は、地方公務員法違反の行為で、明らかに違法行為なので、そういう意味では上記見解に反対するものではありません。しかし、僕が気になるのは、この教諭の行動の是非よりも、まさにこの教諭を非難する人たちの「正義依存症」の方で、そこに恐怖を覚えるのです。

「ルール(法律)で決まっていること以外やった奴は悪」というのは、法治国家では当たり前です。しかし、ルールとは人間が決めることであって絶対ではない。国や時代や宗教が変われば、正義は簡単に入れ替わる場合も多い。

にも関わらず、「ルールで決まっているから」というのをさも絶対善のようにふりかざして、「だから私が正しい。よってお前が間違っている」という追い込み方をする人間というのはどうなんだうろと思うわけです。

職場における陰湿ないじめも同様です。

僕は現在、まさに職場のいじめがどういう形で起きているのかを調査している最中です。暴力や暴言というのはもはやいじめではなく犯罪なので、そんなものは録画や録音で簡単に対処できるのでいいんですが、今問題なのは、証拠に残らない形で確実に相手の心を殺しにかかる狡猾で陰湿ないじめの方です。まだ調査結果は出ていないのですが、こういう事例があります。

会社では経費精算というものがあると思います。会社ごとに経費で認められるもの、認められないものはいろいろだと思いますが、とはいえ同じ会社においては平社員も役員も男も女もイケメンもブサイクも同じルールに基づくべきです。

例えば、「経理担当者のお気に入りの〇〇さんは、甘々で伝票を通して、気に入らない××さんは厳しくチェックして自腹にさせる」なんてことはあってはいけない。〇〇さんの分は締切時間が過ぎても処理するのに、××さんは1分でも遅れたら「はい、経費で落ちません」なんていうのは、単なる嫌がらせのいじめです。もちろん、ルール上締切を守らないのはダメでしょう。だったら、救済措置をする人間としない人間とを区別してはならない。当然、人間なんだから好き嫌いはあるし、仕事上の依怙贔屓なんて茶飯事ですが、それとこれとは別です。

経費の支払いだけじゃなく、会社によくいるお局さんによっては、その「お局さんだけが適用するルール」というわけのわからないものがあります。法的にも就業ルール的にも問題ないのに、そのお局さんだけが気に入らないからNGにされてしまうというようなもの。

常軌を逸したものになると「私がルールだ」と言い出す経営者もいるかもしれませんね。もはや、どっかの共産主義国家の独裁者と同じです。

結局、ルールとか法律も、誰かの正義のための理屈付けに過ぎないのであって、絶対善とか絶対正義なんて存在しません。

でも、人間は「正義に依存します」。自分が正義であると確信すると、人間はどんな残酷なことでも悪と決めつけた相手にはしてしまいます。できてしまうのです。それくらい正義とは麻薬なのです。

 

芥川龍之介の言葉にこんなのがあります。

正義は武器に似たものである。武器は金を出しさえすれば、敵にも味方にも買われるのであろう。正義も理屈をつけさえすれば、敵にも味方にも買われるものである。

正義とは武器であり、敵(自分の不快なもの)を殺してしまうための方便なんです。もちろん方針に物理的に人を殺すのは犯罪になりますから、職場で狡猾ないじめをする人間の目的というのは、「正義を名の下に相手を屈服させ支配すること」です。その結果、相手の心が病んでしまうことすら望みます。

僕が「心の殺人」というのはそういう意味です。

正義でもなんでもないんです。「私が不快といったら不快なんだ。それに同調しない者は全員敵だ。敵ならば、どういう目に合うかわからせてやる」という独裁感情でしかない。

ネット上にも、そうした「正義依存症」の人たちがたくさんいます。自分の不快なものへは徹底的に攻撃し、一方自分の味方である者に対してや、敵対するとそんな相手に対しては、徹底的に理論武装した正義感で「私は正しいのです」と主張します。

特定個人に対する陰湿なパワハラをやっている一方で、他の部下に対しては平気で「社会の一員として相手を労わる気持ちを常に持ちましょう」などと演説したりします。パワハラされている対象者もそれを聞いているのがわかった上でやっています。「わかるか?お前は社会の一員として認められていないんだよ」とグサグサ心を刺しているわけです。

そして、いつしか正義依存症の人間は、そうした悪を刺す快感に溺れて、常に「刺せる対象としての悪」探しばかりをやるようになってしまうんです。

あなたの言う正義なんて、所詮あなた個人の感情に過ぎません。

日本だけじゃない。世界的におじさん余りの時代へ

現代ビジネスに、未婚の男余り現象が起きる背景について書きました。

 

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結婚したいなら強い意思があればできるとか、ホント無責任な事言う人いるんですが、結婚したくない男が一定数いる裏で結婚したいけどできない男がいることも事実。数字上のマッチング不全の問題なんです。したいとかしたくないとか個人の意思の問題じゃないんですよ。

ぜひご一読ください。

「日本でそんなに男余りなら、国外で花嫁を探せばいいじゃない」なんて意見もいただくのですが、日本だけじゃありません。世界中男余りです。中国は3000万人、インドに至っては5000万人の未婚男が余っています。

世界中どこへ行ってももう「詰み」なんです。

今回の記事、ヤフーニュースに掲載されるや否や、アクセスランキングとコメントランキングで共に1位を獲得しました。

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総コメント数は、21時現在で739件に達しています。ありがとうございます。

毎度僕の記事でのヤフコメは荒れることで有名ですが、今回は真面目なコメント、前向きなコメントが多く見られます。

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中には、「出生男女比が1.05なのになんで300万人も男余りになるのかわからない。間違っている」という算数できない人のコメントもあるんですが、まあそういう人は相手ににいたしません。

男余りではない。男女比は女の方が多い。高齢女性は女性だらけなんだから」と、知ったかぶりをするコメントも散見されるのですが、ちゃんと文章読んでくださいね。未婚男女の差分って言ってるでしょ?

意外なのは「結婚するのが当たり前だという前提」とかで非難してくる人がいること。結婚するのが前提なんて一言も言ってないし、結婚したいもしたくないも肯定も否定もしてません。結婚の意思は別にして、単に数字を見れば、未婚男性が余ってしまうのですよ、というファクトを提示したに過ぎないのに、いちいち「自分の触れられたくない部分を刺激された」からって、過敏に反応しすぎなんですよ。

そして、遂に出たという感じなのが「未婚おじさんという表現はヘイトだ」とまで言い出す輩が出てくる始末。ヘイトの定義わかっているんでしょうか?大体において、文章全体を見ればおわかりの通り、未婚もおじさんも侮蔑した内容になんかなっていませんよ。

事実として40代以上の未婚おじさんが余りまくっているのだから、隠したり取り繕う意味はありませんよ。

 

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結婚しようがしまいが、個人的には知ったことではありません。個人の自由にすればいい。

ただ、「結婚できる/できない」というのは個人の能力や気合の問題ではないということは理解していただきたいのです。すべては構造上の問題により、できる/できないは左右されます。男余りは、人口構造上の問題ですし、低年収の男があぶれるのは経済構造上の問題です。ひうした構造は個人の努力の範疇を超えています。

強烈な台風を個人の気合で消し去ることができないのと同じです。

結婚するとかしないとか、そんなところに幸せの種を求めるのはやめましょう。結婚したら幸せになれるはず、というのも幻想です。捨ててしまいましょう。

人間は、オラウータンやゴリラなどの動物とは違います。子孫を残すだけが人生の目的でも役割でもない。

江戸時代全国各地の農村から集結した「厄介者」と言われた次男坊・三男坊達によって、今に続く数多くの食文化や出版文化が生まれたことは紛れもない事実。生涯未婚だろうと生涯子無しで死んでいこうと、それがそいつの価値を決めるものではない。

自分の子どもを産み育てていなくても、「今を楽しく生き、時には不満を漏らし、なんかもう少しうまいこといかないかなと工夫を凝らし、刹那の幸せを作り続けた奴」こそが後世に文化を残すものです。

次世代へ子孫を残す者、未来へ続く文化や産業を残す者。いろいろいて、それぞれの役割があっていい。

自分のやっていることだけが正義だと思い込み、それをやらずにブラブラしている人間を見ると許せなくなって「お前は間違ってる」なんていちいち下らないツッコミばっか入れている人間こそ、何の役にも立ってないよ。

よく考えればわかる。全員結婚する時代ってかなり異常。

プレジデントオンラインに「ソロエコノミーの襲来」著者としてのインタビュー記事が掲載されました。

 

president.jp

 

僕をご存じの方は、毎度おなじみのことをお話していますが、まだまだこうした事実の認知はそれほど大きくはなく、「はじめて知った」という方も多いようです。

インタビューでもお話していますが、1980年代までのほぼ全員が結婚していた皆婚時代は、決して日本の伝統じゃありません。むしろ、明治民法施行後、庶民に家父長制度が導入(強制)されて以降の、たがたが100年の歴史しかないんです。

拙著「ソロエコノミーの襲来」では、そのあたり江戸時代の町人も農民も未婚率が高かったというデータを提示し、事細かく解説しています。

相変わらず、自分の信じているものと違う言説に触れると、自分の無知を棚に上げて「これはフェイクニュースだ! 」とか騒ぎ立てる素人が大勢いるんですが、そんなくだらない書き込みする暇があるなら、ちゃんとした本の一冊や二冊読んでください。

厄介者という言葉があります。

「面倒な世話ばかりかけるヤツ」という意味合いでに使われることが多いですが(まあ、そういう意味なんですが)、家に居候する傍系親族の独身男女のことも指します。

だからといって、いつまでも結婚しない独身男女が「厄介」な人間と疎まれていたということではありません。

そもそも、語源としては「家居」と書いて「やかい」と読みます。「家に居る人=同居人」のことを「やかいもの」と呼んだのです。よって、親族など血縁がなくても同居人はすべて厄介者なのです。

そもそも、江戸時代は長男の一子相続(または、長女の婿取り相続)であったため、次男以降はあくまで長男に何かがあったときのためのサブ扱いです。なので、農作業の仕事は当然させられますが、結婚して子を産む必要はなかったのです。

よくあるのが、長男が戦争や病気で死亡した際、長男の嫁と次男がそのまま結婚するというパターンです。スペアなんですね、完全に。

そういう中では、傍系親族は勿論、隷属農民といわれた土地を持たない農民などは結婚をする必要がなかったため、江戸時代の農民の未婚率は高かったのです。

勘違いしてはいけないのは、未婚者が多かったとしても性体験がなかった者が多かったわけではありません。結婚と性は別物です。性についても夜這い文化や祭りの夜の無礼講などいろいろ対処がされていました。

江戸時代の話をし始めると、多分それだけで一冊の本ができるくらい情報量がありますので、ご興味ある方は拙著をぜひご覧ください。

 

今回もヤフコメにはいろいろきていますが、相変わらず既婚とソロの分断対立の根は深いようです。

「既婚者の言い分は、独身者が自由な生活を謳歌するのは自由だけど、彼らの老後を支えるのが自分たちの子供世代というのが許せないということ」と記事にも書きましたが、互いに自分たちが損していることを主張しあってても不毛なだけなんですけどね。

既婚者が独身に独身税を課せというのも論外だし(というか、控除のない独身者はすでに見えない独身税を払っている)、独身が既婚者に対してお前らのガキのことなんか知らねえというのも大人げないのです。

直接助け合う必要なんてないのだが、互いが自分たちの幸せを追求し、仕事と消費を楽しめばいいだけなんです。それが結果として、巡り巡って双方の得につながるのだから。

社会学的な見地もいいんですが、経済的視点でソロ社会にどう対応していくかを真剣に考えていくステージにきていることは確かです。人口構成比時に、ソロがマジョリティになります。今後の商売においてソロ市場は無視できない。夫婦と子などという世帯はたった2割しかいなくなるんですから。

 

日本は、「少子化・高齢化・人口減少・歪な人口年齢構造」という先進国がこれんら抱える諸問題の世界に先駆けて直面する「諸問題先進国」です。特に欧米や東アジア諸国は、今後20年の日本の動向を注視しています。

少子化対策への議論も別に軽んじようとは思いませんが、もう何をやっても無理なことは薄々みんな気付いていますよね。それならば、ソロ社会対策をどうするかという視点へと舵を切るべき時に来ているんではないでしょうか。

クリぼっちの過ごし方について@J-WAVE「STEP ONE」

 

本日、朝10時より、J-WAVE「STEP ONE」にゲスト出演しました。10月に続いて2回目です。

今回のテーマは「ソロ・クリスマス」。

 

 

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彼氏や彼女のいない独身男女のクリスマスの過ごし方についてあれこれお話しました。みなさん、なんとなくクリスマスって街中にカップルだらけだと思っているかもしれませんが、独身者のうちクリスマスデートするのはわずか2割しかいないんです。まあ、彼氏彼女が独身というのも3割しかいないのですが…。

とはいえ、一番盛り上がったのは、「そもそも、なんでクリスマスにデートするっていう文化が始まったのさ」というあたり。

 

 

 

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キーワードは「恋人がサンタクロース」。radikoでぜひお聴き下さい! 一週間お聞きになれます。
 

 

本当は山下達郎の「クリスマス・イブ」話とか、ワムの「ラストクリスマス」話とか80年代のクリスマス音楽シーンの話をたくさんしたかったのですが、そこは時間がなくて割愛。

そして、後半「一人でのクリスマスはどうやったら楽しめるのか?」という点については、「どこへも出かけず、おうちで楽しめばいいんです」という身も蓋もない話をしましたが、ちゃんとオチがあります。

 

前回もそうでしたが、ナビゲーターのサッシャさんと増井なぎささんとのやりとりがとても楽しいです。台本らしきものはあるのですが、ほぼフリートークなので。増井さんには、拙著「結婚滅亡」を進呈させていただきました。

そして、うれしい感想も頂きました! 

 

 

 

 

 

 

また、よろしくお願いします! 

 

前回出た時は自己肯定感について語っていました。その時の記事はこちら。

 

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3人目以上を産んでもらうという少子化対策が見当はずれである理由

相変わらず、しつこいくらいに「出生数過去最低」というニュースが出るのですが…。

 

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どこかの圧力でもあるんでしょうか?報道の回数増やしたら、子どもが産まれるんでしょうか?

何度も言いますが、出生数が今後あがることは100%あり得ません。

短期的な今年の数字の一喜一憂なんかしてる場合じゃなくて、いい加減、今後50年100年そういう傾向が続くという前提の議論しないといけないのではないでしょうか?

今回の記事では、「推計より2年早く年間90万人を切り、2019年は86万人になってしまう」ということを問題視しているのですが、伝えるならちゃんと詳細も伝えるべきだと思います。

ここで言う推計とは、2017年発表の社人研「中位推計」を指しています。その推計では、2019年の出生数予測は、92万人でした。そこから見れば、確かに86万人というのはかなり低い実績となるでしょう。しかし、社人研は同時に「低位推計」も出しています。それによれば、2019年出生数は83万5900人と推計しており、十分その範囲内に収まっています。社人研の人たちの推計がいい加減であるかのような伝え方はフェアではありません。

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断言してもいいですが、今後も出生数は下がり続けます。出生数が上向く要因は、人口メカニズム的にも考えられないわけです。社人研の低位推計のようにそのうち年間60万人台に突入するのは必定です。

 

こういう記事が出るたびに、「フランスを見習え」だの「ハンガリーのやり方を勉強しろ」だの、要するに「出産した子供の数に応じた一時金を出せ」とか言い出す人たちがいるんですが、今回はそういう施策が全く出生数の上昇の寄与しないという話をしましょう。

 

この続きは日経COMEMOにて。

 

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