ソロで生きる力@荒川和久

来年1月に新刊「超ソロ社会-独身大国日本の衝撃」が出ます。「結婚しない男たち」とあわせてよろしくお願いします。独身研究の第一人者としてテレビ・ラジオたまに出ます。東洋経済オンライン、読売新聞オンライン他コラム等執筆しています。執筆・取材・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージからお願いします。https://www.facebook.com/profile.php?id=100008895735359

創作落語「使わない金はないも同然」

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落語風の創作話をひとつ。

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「なあ、おまいさん。ちょいと変なんだよ」

町はずれの宿場町で居酒屋を営む伊勢屋の女将のお市が旦那の文蔵に言った。なにやら深刻そうだ。

「変って、いったい何が?」

「いえね、帳場箪笥に隠してあった金がなくなっている気がするんだよ」

「気がするっておめえ、金が足生えて家出したとでもいうのかい?」

「冗談じゃないよ、五十両くらいなくなっているんだよ」※1両は大体今の金額換算して20~30両なので、1000万円~1500万円ってところです。

「ご、五十両?ふざけんな!どうして?何に?そんなに使った?」

「あたしじゃないよ。勝手になくなってたんだよ」

「勝手にって…誰かが盗んだってことかい?」

「そうとしか考えられないよ」

「いってえ誰だ、そんな不届きモノは!」

「ねえ。まさか、あんたじゃないでしょうね?」

「ああ?俺が店の金に手つけるわけねえだろ!バカも休み休み言いやがれ!」

「そうね…あんた、金持ってたって何に使うアテもないしねえ」

文蔵は仕事一徹。博打もやらなきゃ、居酒屋やってるくせに下戸とくる。仕事と蓄財が趣味のような堅物人間でした。

伊勢屋は、開店当初は全く閑古鳥の店でした。そもそも客となる人口が圧倒的に不足していたんです。しかし、ある時から周辺に大きな邸宅建築が始まったことを契機に、大工職人が大量に流入し、そのおかげで岡場所といわれる今でいう風俗店も大量開店。人口が増えたことで町に活気が生まれ、唯一の居酒屋だった伊勢屋は、増床するくらい繁盛していました。今も大工たちが二号店を建てている最中です。

とはいえ、五十両もの大金は伊勢屋にとっても大金です。当時は銀行なんてものがなかったから、現金は自分たちで管理するものでした。とはいえ、厳重保管ができる蔵を用意する余裕は文蔵にはありません。それらの金は、夫婦の居間の箪笥の中に保管していました。箪笥といっても普通の箪笥ではありません。万が一のことも考え、からくりが施され、中に金が入っているなどとは誰にもわからないようになっていました。

それでなくても、文蔵はケチで有名でした。自分の店で出す酒も客にばれないように水で3倍に薄めて出すくらいです。

「犯人を見つけたらただじゃおかねえ」

文蔵は憤懣やるかたない様子で、さっそく犯人探しを始めます。が、どう考えても身内の犯行としか思えませんでした。数人の奉公人が怪しいとなりましたが、最終的には一人の容疑者に絞り込まれました。

住み込みで働いていた女奉公人で、名前をきりと言います。彼女は、夜は店員として働きますが、昼間は、文蔵たちの居間の掃除などを行っていました。

しかし、文蔵は思います。

「女のきりでは五十両の重さを運べないだろう」

お市の話によると、どうやら一度に五十両なくなったわけじゃないようです。毎日、一両か二両ずつ少しずつなくなったようでした。最初は、お市も気のせいかと思ったのだが、五十枚もなくなってようやく気付いたのです。

証拠はありませんが、犯人はきりで間違いありません。文蔵は断定します。

文蔵とお市は、きりを呼び出し問い詰めようとしました。一度の気の迷いならともかく、継続的に盗みを繰り返すことは江戸時代において死罪に相当する重罪でした。

きりは、問い詰められると観念したように罪を認めました。役人を呼べば、多分きりは死罪になるでしょう。お市は憐れみましたが、文蔵は許しません。「それだけのことをしたのだから仕方があるめい」と。しかし、文蔵はそれ以上に盗んだ五十両を取り返しいという気持ちが強かった。全部は無理としても少しでも取り返したいのです。

文蔵はきりに言います。

「五十両はどこにある。全部とは言わねえ。三十両いや半分でも戻してくれたら、今回の件は許してやる。どうだ?盗んだ金はどこにある?」

文蔵は足りない分は、岡場所にでもきりを売って足しにしてやろうと考えていました。幸いこの界隈には、そうした需要がたくさんあります。

きりは、相変わらずケチなことを言う文蔵を見下したような目で見つめるとこう言いました。

「全部使っちまいました。一文たりとも残っておりません」

「なんと!一体五十両もの大金を何に使ったのだ?」

きりの自白によれば、きりは若衆といわれる美男子につぎ込んだようです。それを聞いて、文蔵は思わず頭を抱えました。

「なんとういう、金の無駄使いを…」

女遊びもしない文蔵からすれば、そうした刹那の欲望に金をつぎ込むなんざ愚の骨頂にしか思えないんです。金を捨てるようなものです。

若衆というのは、今で言うとアイドルやホストみたいなものです。といっても、ちゃんと性サービスもついてくるのが常識でした。聞けば、その若衆はこの界隈で一番売れているらしく、遠方からもファンがわざわざ押し寄せる人気ぶりでした。そう言えば、この町の活気を作った建築ブームの火付けはその若衆の家なんです。もちろん、きりの金だけではないでしょうが、五十両もつぎこんだきりは最大のスポンサーでした。

「いやいや元はといえば俺の金だ」文蔵はそれが癪に障ります。

しかし、これでは金はまったく取り戻せません。

諦めきれない文蔵は、若衆の家に押しかけます。事情を話したところで何とかなるとは思いませんが、一言文句を言いたかったのです。

若衆の家は、まあまあ立派で、家というよりも若衆との逢引部屋、今で言うラブホテルのような使われ方をしていました。客は男女問わずたくさんいました。当時は男色も当たり前で、若衆は両刀が基本でした。繁盛しているらしいのですが、それよりもこの一帯は今も建築ラッシュ。あっちこっちでトンチンカンチンとうるせえのなんの。大工たちが汗水たらして働いていました。

よく見ると、若衆の店に出入りする客も、大工たちも、またそれらを目当てに集まる棒手振りの行商たちも、みな伊勢屋の常連たちでした。文蔵の顔を見るとみんな笑顔で挨拶してくれます。

文蔵は考えました。

きりが若衆に貢いだ金で若衆が儲かり、若衆が儲かった金で家を建てるために大工が集まり、大工が集まったおかげで、岡場所ができて女が集まり、女が集まったおかけでさらにそれを目的に男が集まる。そうして増えた人たちが伊勢屋で酒を飲んでくれる。

なんてことはない。文蔵の金が回り巡って文蔵に返ってきているじゃないか。

「金は天下の周りもの」とはよく言ったものです。五十両をきっかけとして、町が活性化したとも言えるんです。箪笥の中にしまったままでは、五十両は五十両のまま変わりません。それは何も生みませんが、きりが使ったことで金が金以上の価値を生んだわけです。もちろん盗みは悪いことですし、きりは自分の欲望のためにしか金を使っていません。きりを褒める筋合いはありません。

しかし、今更ながら文蔵は気付いたのです。これだけ大勢の人たちがいることは認識していましたが、今までそれは客としての数としてしか見ていませんでした。当たり前ですが、ひとりひとりそれぞれに仕事があり、それぞれに喜びや楽しみがあるんです。よく見るとみんな笑っています。

そういう彼らが夜は自分の店に来て、その日稼いだ金を全部飲み代に使ってくれていたわけです。みんなつながっている。感謝して当たり前なんです。

「酒を水で薄めるなんざバチがあたるわ。ケチケチするのはよくねえな」

独り言のように言うと文蔵は踵を返して伊勢屋に戻りました。そして、きりのことは解雇するだけで役所には届け出ませんでした。不問にしたんです。

お市は聞きます。「いいのかい?これで?」

「いいんだ。金っていうのは箪笥の肥やしじゃねえんだ。使ってこそ価値があんだよ。それがわかった。俺も心を入れ替えてケチケチしねえで生きることにするよ」

「ふ~ん、そうかい。じゃあ、酒を水で薄めて出すのはやめにするかい?」

「おうよ、当たりめえだ。今までの水の量を半分にしてくれ」

おわり

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このお話、もちろん僕の創作ですが。元になっている実話があります。それが、こちらのブログにあったアフリカ・モザンビークであった窃盗のお話

この話を読んだ時、すぐ思ったのは「あ、これは落語だ!」ってことなんですね。もちろん窃盗は罪です。ですが、江戸時代の町人は「宵越しの金はもたねえ」という言葉もあるくらい、大体その日暮らしで、稼いだ金はその日のうちに使い切るのが普通でした。それができたのも、あくせく貯金なんかしなくても、「なんとかなる」という毎日だったし、それを実現していたのもコミュニティの人との関係性があったからでしょう。

高齢者が貯蓄して全く使わないという話を聞くたびに思います。不安だから金をためておきたいという気持ちはわかりますが、使わない金はないも同然なんです。それもこれも人のつながりやコミュニティというものを信じられなくなっているからなんでしょう。そのあげくオレオレ詐欺みたいなのに引っ掛かって、どうでもいいところに金が流れるのは本当にもったいない。

 

金しか頼るものがない。

これこそ人間として一番不幸なことなのかもしれません。