ソロで生きる力@荒川和久

独身研究家として、テレビや新聞・雑誌などのメディアに出演しています。著書「ソロエコノミーの襲来」「超ソロ社会」「結婚しない男たち」など。東洋経済オンライン等でコラム執筆しています。執筆・取材・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージからお願いします。https://www.facebook.com/profile.php?id=100008895735359

クリエイターなんて職業は、AIに簡単に代替えされてしまう。

こないだの朝生は、久しぶりに面白かった。

テーマは「AIで人は幸せになれるか?」的なものだったのだが、東大の松尾教授や落合陽一さんの話がなかなか込み入った話までしててよかった(いちいち、田原さんが「全然わからない! 」とか口をはさんでくるのがウザかったけど…)。

ところで、番組の中でAIやロボットによって代替可能な職業とそうじゃない職業という表がありましたが、これ右側のやつもほとんど代替可能ですよ。

大体、アナウンサーなんて一番最初にAIに代わられてしまうよ。

f:id:wildriverpeace:20180903231535j:plain

 

他にも、たとえば、広告ディレクターとかアートディレクター(デザイナー含む)とか、ここには書いてないけどコピーライターなんて職業は、むしろAIの方が優秀かもしれない。

なぜなら、これだけグローバル化されて、広告表現のパクリとか類似性とかが問題視されてきます。東京五輪のパクリ問題なんてまさにそうだったわけで。

そうなると、むしろ類似性チェックなんてものはAIがやるべきだし、類似性チェックとともに独自性を深層学習すれば、表現案なんて人間が考えるよりも数十倍も多くアイデアが出る。

広告周りの人の中には、いわゆる野球界におけるイチロー的な人もいるけども、あれ、すべて自分の中からアイデアをひねり出しているというより、出されたアイデアディレクションだから。広告クリエイターというものを外部の人は大きく勘違いしているけど、小説家や漫画家が白紙から創造していくものとは大きく違う。

与件があるし、目指す目的も提示されているし、やるべき予算もあるし、実施の目標も達成しなきゃいけない。そうした中、むしろAIの方が最適解ほ出す可能性が大きいと思うんですよね。勿論、AIのレベルにもよるけど。

同様に、作詞・作曲だってAIに向いている気がする。いわゆるヒット曲のコード進行を解析したら、そんなにパターンないんですよ。

多少、音楽をかじったことある人ならわかるけど、山下達郎風とかサザン風とか小田和正風のコード進行は大体決まっていて、そのコード進行をパクってメロディを変えて、さらにメロディに合わせて、コード自体を分解コードとか、ナインスに振ったりとかするだけでも全く別のイメージの曲になってしまう。

人間がやってるレベルを遥かに超えたAIの情報量なら、もっと複雑なことができると思います。

歌うことすら、先日記事化した「りんな」のようなことになったら、人間じゃなくてもいいかもしれない。

wildriverpeace.hatenablog.jp

クリエイティブな職業は代替不可能とかいうけど、はっきり言って、不可能な職業があるのか?と思ったりもしますけどね。教員だって別にAIでいいよ。なまじ人間がやっているから問題が起きるんじゃないの?

伝統工芸の匠の職人技だって、完璧にコピーするロボットだって可能になります。

 

すべての職業は代替可能になるんだけど、だからといってそこに人間の仕事がなくなるわけじゃないと思う。

逆説的だけど、AIが仕事を代替えするからこそ、一層人間の仕事が重要になると思います。

 

ひとつ言えるのは、祭りです。

阿波踊りだろうが、ねぶた祭りだろうが、スーパーよさこいだろうが、ああいう場に必要なのは人間の熱量であり、それは決して機械では代替えできない。ハロウィンや日本代表後の渋谷スクランブル交差点も似たようなもの。

コミケにおけるコスプレだって、あれは人間だからこその楽しさ。

音楽もそれ自体祭りになる。聴くものというより身体で感じるものになっている。

熱狂だけが祭りじゃない。癒しやあはれを感じるものもあるでしょう。

つまり、どんなものであれ、人間が何かを感じることのためには、人間が動く余地が必要だし、人間が介在するという部分は変わらない。そこは機械だけじゃ、やっぱり無理なんです。

音楽も作るにあたってAIの比重が高くなっても、なんだろう、1フレーズの歌詞だったり、ちょっとした歌い方だったり、踊り方だったり、というライブの魅力は増長していくはず。

確かにAIでもいい曲は作れるかもしれないけど、私たちは曲というものを曲単体として受け入れているわけじゃなく、作る人や歌う人のストーリーにかぶせて聴いている。孤独に苦しむ人が宇多田ヒカルの書く「孤独」という言葉に救われるのは、宇多田ヒカル自身の孤独が背景にあることをみんな知っているからだ。AIに孤独とか言われてもあまり響かないでしょ?

 

何より、人と人が触れ合うこと、直接的に肌が触れ合うことも大事だけど、人が人と面と向かって会話することのエネルギーは凄まじいものがあります。

誰しも感じたことがあるでしょう?電話やメールとかじゃ得られない、直接対面交流による心の充足感というものを。

いわゆる今ある領域の職業の大部分が代替えされたとしても、人間が生きていく上に必要なのは、人間同士の交流であり、映画「マトリクス」のように人間が単なる電流配給装置にならない限り、そこには新しい職業が生まれてくるもんだと思いますよ。

 

そんなことをいろいろ考えながら番組を朝まで見てしまった。なんで面白かったのかな?と考えてみたら、あの回は政治家が一人もいなかったからだと気付いた。政治家こそAIでいいわ。

AIの話しているのに、途中で田原さんが全然関係ない安倍政権の話とかし出して、「おいおい、おじいちゃん、ごはんはさっき食べたでしょ! 」と言いたくもなったけど、ああいうのこそ人間じゃないと出ない味なのかもしれない。

プラットフォール効果というものがあります。人間は、間違いを犯したり、弱みを見せると、そういう人をより魅力的と感じるようにできているのです。

逆に言えば、完璧な人間なんていけ好かないわけですよ。

突っ込み、突っ込まれ。それの相互のやりとりこそが、コミュニケーションなんですよ。