ソロで生きる力@荒川和久

来年1月に新刊「超ソロ社会-独身大国日本の衝撃」が出ます。「結婚しない男たち」とあわせてよろしくお願いします。独身研究の第一人者としてテレビ・ラジオたまに出ます。東洋経済オンライン、読売新聞オンライン他コラム等執筆しています。執筆・取材・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージからお願いします。https://www.facebook.com/profile.php?id=100008895735359

NMB48須藤凜々花の結婚発表で騒然となったようなオタクが江戸時代にもいたお話。

江戸時代というとすぐ「暴れん坊将軍」とか「遠山の金さん」とか「桃太郎侍」などを思い浮かべる人が多いと思います。しようがないですね。時代劇といえば、大体「お侍さん」のお話なんですから。

日本人なのに、意外に知らないのが、「江戸時代の町人」のこと。

 

知ってました?江戸時代の江戸も男余りだったこと。

江戸では男性の数が女性の倍以上いました。男の有配偶率も50%程度で独身男が多かったんです。これらは歴史的な史料でも裏付けされた事実です。

コラムを連載している東洋経済オンラインで、今回は番外編として対談記事が公開されました。

お相手は、江戸時代を中心とした著書を数多く持ち、江戸文化歴史検定1級を最年少で取得するなど「お江戸ル」としてもご活躍中の堀口茉純さんです。

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 とてもおもしろい対談になっていますのでぜひご一読ください↓

「独り身大国」江戸と現代の知られざる共通点 コスプレに熱中、食事はデリバリーを頼む

toyokeizai.net

 

個人的にびっくりしたのは、江戸時代にもコスプレがあったということ。

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堀口:いちばん大きな仮装のイベントは、吉原で1カ月間仮装パレードをする「吉原俄(よしわらにわか)」というイベントでした。そのときは花魁(おいらん)ではなく、吉原の裏方で働いている芸者たちが出し物をするんですよ。仮装をして踊ってと、まさにハロウィンのパレードみたいな感じです。 

 

江戸幕府ができた当時の日本の人口は、1227万人。吉宗の頃の享保年間には3128万人まで増加しています。ですが、そこから明治維新までの150年間はずっと人口停滞期が続きます。明治維新時点の人口は3330万人でした。もちろん災害や飢饉などもあったでしょうけど、昔の女性は多産だったイメージがあるのになぜ人口が増えないんだろうと不思議じゃないですか?

歴史人口学の大家鬼頭宏氏によれば、以下の通りです。

「晩婚化」が進みました。晩婚化といっても、3~4歳ほど婚期が遅れただけですが、それで1人か2人、子どもの数を減らすことができました。晩婚化がなぜ進んだかといえば、1つには、織物や糸紡ぎなど、女性が活躍できる仕事が増えたためです。また、食糧が行き渡って栄養状況が改善され、子どもの死亡率が下がったことも大きく影響しています。

晩婚化、女性の活躍、死亡率の低下。何やらまるで現代のようです。

 

こうした要因で江戸の人口は停滞したわけですが、前述した通り江戸にはソロ男があふれていました。特に、家を継ぐ必要のない次男坊以降の男は、むしろ「結婚なんかしなくていい」と放置されていた。

江戸には上京してきた「ひとり暮らし」の男の多くが長屋住まいでした。そんな彼らのために発達したのが食産業だったわけです。居酒屋もこの頃できていますし、本文にあるデリバリー型の商売は独身男の需要によって大きく拡大しています。

江戸とアキバが似ている面でいうと、今でいうAKB劇場とかメイド喫茶にあたる「茶屋」というものがありました。茶屋には、いわゆる看板娘がいて、それが評判になると行列ができたほどです。まさに「会いに行けるアイドル」

有名なのは江戸の谷中(やなか)の笠森稲荷の前にあった鍵屋という茶屋。その茶屋には、お仙という美しい看板娘がいました。お仙は明和の三美人の一人として名高く、浮世絵師の鈴木春信が描いています。今で言うアイドル写真集です。

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彼女から2、3杯のお茶を入れてもらい、ちょっと言葉をかわして四十文(2千円)前後というから、決して安くない。あまりにも評判になるもんだから、鍵屋も美人画の他、手ぬぐいや絵草紙、すごろくといった所謂「お仙グッズ」も販売して、これがまた売れたというんだから、「独身男ってアホ」だと思う。

歴史学者の磯田道史氏曰く、こうした現象は江戸にとどまらなかった。

AKBの総選挙と同じく「美人くらべ」も勃発。その動きは(SKE48HKT48NMB48などでそうしてきたように)、江戸時代にも全国へ普及し、特に名古屋で盛り上がった。

まさにAKB現象は江戸時代にもあったわけです。

そうして最後、お仙は、この鍵屋の運営してきた幕府御庭番の倉地家のエリート侍の嫁になってしまう。秋元康がおニャンコのメンバーを嫁にしたようなもんです。

当時は情報網がなかっため、お仙は突然行方不明となったようになり、騒然となったようです。中には、『嫉妬に狂った茶屋のオッサンから逃亡し、後年、そのオッサンに見つかり、喉を噛みちぎられて死ぬ』という凄まじい俗説まで実しやかにささやかれる始末。

まあ、NMB48のメンバー須藤凜々花が結婚を発表したとなった途端、掌返ししてしまう一部のファンみたいなもんでしょうか。

今から300年前ですが、何も変わってない!

いってしまえば、春画なんてものも今で言うアダルトAVです。黄表紙は今で言うマンガですね。

独身の男にあふれていた江戸だからこそ、こうした独身男向けの産業が生まれ、それが長年支持されてきたことで、今に続く文化として残っているのです。

そう考えると、今の未婚化・非婚化というのは特に現代だけの異常なものでなく、むしろ戦争のない平和な時代には起こり得る当たり前の現象なのかもしれません。

堀口茉純さんの江戸のライフスタイルに関する内容が盛りだくさんの書籍はこちらです。ぜひどうぞ。 

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江戸はスゴイ (PHP新書) 堀口 茉純

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ついでに僕のもよろしくお願いします。江戸期の離婚率はなぜ世界一高かったのかという点と現代との類似点について書いてあります。

 

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超ソロ社会 「独身大国・日本」の衝撃 (PHP新書) 荒川 和久

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30歳過ぎて独身は負け組底辺っていうけど、もはや過半数。選挙でいったら独身の方が勝ち!既婚組は民進党。

「負け組底辺だから独身でいいよ!」 30超えて独り身の男性は果たして惨めなのか?という記事というか愚痴を見つけた。かなり拡散されているらしく、ツイッターのタイムラインにも流れてきました。

news.nicovideo.jp

 

要するに、「30過ぎても結婚ができず、子供もいない人生を歩むのは負け犬なのか?」というよく言われる話です。その中にある「負け組底辺だから独身でいいよ」という自虐コメントがタイトルになっていねわけですね。

負け犬ねえ…負け組ねえ…。

それに対する僕の正直な感想は以下です。

 

いや、ホント。お前は何と戦っているんだ?って話ですよ。

仮にそれが勝負だとしましょうか。30代で独身だと「負け」というなら、日本の男の半分は「負け」ていることになりますね。だって、30-34歳の未婚率は47%です。25-34歳のアラサーにしても60%が未婚なんです。むしろ30歳で結婚している方がマイノリティ。2015年の人口動態調査でも男の平均初婚年齢は31.1歳(女29.4歳)です。

30歳で独身なんて普通なんです。

てか、過半数なんですよ。選挙でいったらむしろ独身の方が勝ち組であって、結婚している方こそ民進党じゃないですか。

いや、もっと言うと、何歳だろうが独身が5割の時代になったら、結婚しない生き方でさえ普通になる時代がくる。

 

問題は、こうした書き込みをせざるを得ないように独身を追い込む世間の規範なんですよ。以前も書きましたが、日本人の結婚規範は外国に比べて異常に高く、しかも既婚者だけではなく独身者の結婚規範が高い

「結婚できていない自分はどこか欠陥がある」

そんなふうに自分を追い詰める独身者が多いんです。だから独身男女は無意識に心の中に欠落感を抱え、それが不幸感として表面にあらわれてしまうんです。それについては東洋経済オンライン連載「ソロモンの時代」でも書きました。→参照 40代独身者が「幸せになれない」根本原因

toyokeizai.net

ただ、ツイッター上での反応を見ると、概ね「人は人」「自分が幸せならいいんじゃね」というのも多かった。ちょっと前までは、こうした内容には既婚者の「甘えるな!結婚するのが当たり前だ」のオンパレードだったのが、少し変わってきている感じはします。

それでも相変わらずな意見も多い。

ただ一つだけはっきりしてることは、結婚して家族を築いておかないと老後は孤独死

出た!お決まりの孤独死脅迫!

これについては、もはやいちいち反論するのもバカらしいのですが、結婚しようがしまいが孤独死のリスクはみんなにある。特に、女性はほとんど旦那に先立たれるわけで死ぬ時は一人です。子どもがいたって同居しているとは限らない。なまじ寿命が延びているだけに、逆に突然死の危険性は高まるんです。

そもそも孤独死しないために結婚するなんてのは順序が逆。

 

他には、「独身は自分の好きなことだけやって幸せを感じている」という部分に対する反論だと思うが、こんな意見も。

自分が幸せになるために生きてると思ってる奴はアホ。自分以外の誰かを幸せにするために生まれてきたんだよ、お前は。

はあ?自分以外の誰かを幸せにするために生まれてきた?冗談でしょ。

これね…瀬戸内寂聴の言葉だと思うんだけど、真っ向否定させていただきますわ!この言葉には前フリがあります。

人は死を逃れて生きるということはできない。たえず死と隣り合わせに生きている。人は自分の意志で生まれてきたのではなく、命を授かってこの世に生まれてきたのです。何のために。自分以外の誰かを幸せにするためです。

なるほど…。最後の言葉以外は賛同しますが、だけど、そもそも「生まれてきた目的が誰かのために」なんてことはあり得ない。

だったら、「誰かの約に立っていない人間には価値がないとでも?」言いたいんだしょうか。そんなバカな話はない。

僕は何度も繰り返して言ってるし、「超ソロ社会」にも書いていますが、「誰かのために」とか「何かのために」という言い方で自己犠牲を強いる詭弁が大嫌いです。

加えて言うなら「利他」という言葉が大嫌いです。

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人間は、皆ひとりひとりが自分自身が幸せになるように生きるべきです。そういうと、そんな社会は、個人の利己主義だらけのバラバラな社会になるという頭の悪い指摘をいただきますが、「自分の幸せとは何か?」をちゃんと考えてほしい。

自分の幸せは自己完結できるものではないんです。人は人とつながり、互いの承認や達成を認め合うことで幸せを感じられる。だから、自分が幸せになれるということは周りの誰かも幸せにしているんです、結果的に。

誰かのために自分は我慢して…なんて発想になるから、「搾取」や「詐欺」が起こるんです。人を詐欺ろうとする人間をなめちゃいけません。詐欺る奴等は大体不幸感を抱えている奴等をカモにしますからね。

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「あなたが不幸せなのは、誰かのために何も施していないからです。さあ、このツボを買ってみんなのために尽くしましょう」

よくある定番詐欺台詞じゃないですか。

自分の幸せのために生きる。それこそが、周りの幸せを生みだす原動力。それでいいんです。「幸せになるために結婚する」「結婚したら幸せになれる」なんてことも順序逆だし、迷走している。

大体「人を幸せにしてやる」という変え方自体が傲慢甚だしい。幸せなんてものは、「してもらう」ものでもないし、「成し遂げる」ものでもない。「そこにあることに気付く」ものです。

 

 

ベストセラー作家で出家もしている瀬戸内寂聴の言葉と荒川和久ごとき雑魚の言葉とどっちを信じるか?瀬戸内寂聴に決まってんだろ?信用度が違うわ?

どうぞ、ご自由に。

別に賛同してほしいから書いてるわけじゃないのでね。瀬戸内寂聴の言葉だろうが、高名な坊さんの言葉だろうが、独裁者の言葉だろうが、自分で納得できないものは納得しないだけなんでね。

ひとつ言っておくと、肩書きや権威だけでその人自身やその人の言葉を丸ごと信用するのは、「愚か者」の典型だし、「自身の選択と決断の放棄」だからやめた方がいいですよ。

それこそ不幸への谷底に向かう行動そのもの。

ちなみに、瀬戸内寂聴全体は否定しているわけではございません。この言葉だけは納得できないだけ。悪しからず。

多様性の時代とは、違う価値観を持つ人たちがいる社会ではなく、一人の中の多様性が認められる時代なのだ。

臨済宗建長寺派「林香寺」の住職でありながら、精神科医でもある川野泰周さんとの対談記事(後編)が公開されました!

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FOR2035来るソロ社会の展望を語る – vol.3後編 / ゲスト:僧侶・精神科医 川野泰周さん ソロ社会に必要なのは、語らいと自分を愛する体験

www.hakuhodo.co.jp

 

前編では、未来のソロ社会において必要なのは、「セルフコンパッション」と「対話」というお話がなされました。引き続き、後編では、「対話」の場の重要性とともにアイデンティティの話にまで触れていきます。

ぜひご一読ください!

 

対談ではこんなお話を僕はしています。

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とかくみんな、ソロも既婚も一緒ですが、職場や家族だけに人間関係が閉じがちじゃないですか。そうすると、企業人としての自分、親としての自分、そういう単一の自分の殻に自らを追い込んでしまう。それって、自分の中の多様な可能性を自分自身で排除しているのと同じなんですよね。

多様性、多様性といいながら、我々が一番欠けている視点というのは、「自分の中の多様性」に目を向けることじゃないかと思うんです。

 

拙著「超ソロ社会」の第6章でこんなことも書いています。

多様性社会というのは、簡単に言えば、「ひとりひとり異なる価値観を互いに尊重し合い、受容し合える環境を築く社会」ということになるのだが、実は大事なのは、個々人の多様性ではなく、一人の人間の中にある多様性に気付くことなのだ。
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思えば、大量消費時代は、「十人一色」でした。みんなが同じモノを買い、同じテレビを見て、同じような家庭を築いた時代。それが、自己表現や個性重視の時代には「十人十色」に変化し、それが今や「一人十色」となったのである。なったというより、以前から人間はそうだったのだが、それがやっと認識されるに至ったと言うべきかもしれません。

多様性の時代とは、違う価値観を持つ人たちがいる社会ではなく、一人の中の多様性が認められる時代なのだ。

なぜこれが大事かというと、僕は常々「依存すべきものが一つしかなく、選択肢がない状態が依存である」と言っています。「一人十色」とは、自分の中に自分が十人いるということだ。そうすれば、依存する対象が十倍に増える。つまり、ソロで生きるためにも、この「自己の中の多様性」という考え方が重要になる。

「本当の自分」が、たった一人しかいないと信じ込み、存在するはずのない唯一の「本当の自分」を探しにインドなんかに出かけるよりも、日常の中で相手ごとに違う顔を見せる自分自身がすべて本当の自分だと認めた方が楽ではないですか。

日本人はもともとそうした環境や自己の多様性を受容してきた民族でした。

初詣も除夜の鐘もクリスマスも、それぞれの良い所を都度楽しむのが日本人のいいところですしね。すべてのものに神が宿るという「八百万の神にもあるように、異質な価値観の存在を認め、多様性を認めて併存してきた社会だったと思うんですよ。そういう柔軟な考え方を、自分のアイデンティティにも当てはめてほしいですね。

アイデンティティは決して唯一無二のものではありません!

 

 

 

前編もあわせてどうぞ。

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政府の言う「女性が輝く社会」が進むと、女性の未婚率があがる。

昨日公開された東洋経済オンラインの連載「ソロモンの時代」の記事 "女性が直面する「稼ぐほど結婚できない」現実 未婚化は低年収男性だけが原因じゃなかった" は、かなりの反響をいただきました!

タイトルは編集さんが付けたものですが、要するに「政府の言う女性が輝く社会が進むと未婚率があがるぞ!」という話です。

 

たった1日で、週間ランキング3位にランクイン。月間ランキングでも13位。さらに、その前の記事もつられて14位でした。

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「いいね」数も3768件(6/12 18:00)で自己最高。コメントも321件でこれまた自己最高です。まあ、コメントの内容のうち一部は例のアンチによってあらされていますが…。

さらに、NewsPicksでも661picks(6/12 18:00)は、自分の記事としては自己最高!コメントは一部を除いて概ね好意的でした。

 

さらにさらに、

ヤフーのトップトピックスにも取り上げられました!

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ヤフーのコメント数は、2276件!これはカテゴリーランキング1位!この2000を超えるコメントの中で一番「そう思う」ボタンを押して頂いたのが以下のコメントだったからです。

「色々意見はあるだろうけど、この方の考えは割と的を得ていると思う」

これが、8879の「そう思う」を頂きました!

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これがなにより一番うれしい。ありがとうございます。

 

すべてのコメントに目を通した上でまた書きたいと思いますが、こうした記事に皆さんがこれだけアクセスし、コメントまでよこしてくれるというのは、それだけ関心が高いということだと思います。

「昔から言われていることだ」という指摘もありますが、これだけインパクトのある見せ方でわかりやすく提示してきた人っていますか?いないでしょう(自画自賛)。だからこんなに注目されたんだと思います。

 

真面目な話…

未婚化の原因を探る場合、男性の貧困とか女性の経済的自立とか、職場結婚を含む社会的お見合いシステムの崩壊とか、そういったある意味マクロ的な視点も必要ですが、ミクロの視点で見てみることも大事だな、と。

「同類婚」「男性の下方婚」「女性の上方婚」など、潜在的に刷り込まれた環境的規範によって、こうした状況が生まれていることは否めないと思います。女性より一足早く、経済的な理由により、ある一定数の男たちは「下方婚」を諦めてしまいはじめています。能力的に「できない」のではなく、環境的に「できない」んです。「できない」というよりマッチングされないと言った方がいいかもしれません。

 

既に一部の男性たちは、結婚という仕組みから離脱しはじめています。それは、もはや昭和的な「男が養うべし」という規範条件を満足させられないという理由からです。しかし、それはあくまで「年収いくら以上じゃないと結婚できない」というデジタルな情報でしかなくて、男たちは相手の女性を全く見ていません。

女性たちも同様です。今回題材にした高学歴・高収入の女性たちの未婚率が高いというのも、相手の男個人は見ていなくて、「大学どこ?」「年収いくら?」というデジタルな条件しか見ていないことが多いのです。

結婚とは、本来男女のマッチングであるはずなのに、男女とも人間を見ていない。

 

記事本文にも書きましたが、高年収女性が望むハイスペックな男の絶対数は多くない。するとどうしてもマッチングされない女性があぶれるんです。

レース参加を棄権する男たちと、自己の最適化だけにこだわり続ける女たち。


記事の中では、経済学で言われる「マッチング理論」で説明しています。

お互いが自己の最適化を図ろうとすると、かえって全体のマッチング数は少なくなってしまうのです。お見合い結婚は、情報量が限定されていて個人の選択余地が少なかったのですが、だからこそ当時の驚異的な皆婚が実現できていたといえるのです。

皆婚時代を支えた「お見合い結婚」や、ほぼ社会的なお見合いシステムだった80年代までの「職場結婚」があったからこその100%マッチングが実現していたわけです。

個人の自由があればなんでもいいかという話ではない。

 

もちろん、経済的に自立した女性であれば、十分ソロで生きる力もあるでしょうし(もともと「人とつながる力もある女性はソロで生きる力が男性より大きい」)、無理して、または、妥協して結婚する必要性もない人も多いでしょう。

そもそも僕自身は、「結婚するのが当たり前」とか「結婚して子どもを育てて一人前」という昭和の価値観の押しつけに反対する立場で活動しているものですから、まったくもって未婚であるという選択や決断に異存はないし、むしろ尊重します。

勘違いしないでほしいのは、働く女性が未婚率高いからといって、「女性は専業主婦になるべし」だなんて全然思っていません。

とはいえ、2010年出生動向調査での年代別女性の結婚意思を見ると、30-34歳はほぼ7割以上が結婚に前向きなんです。結果的に生涯未婚で終わったとしても、女性の大部分はその時期結婚を考えているのです。

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結婚したいという意思があり、なおかつ、仕事に対しても意欲があった女性が、どちらかを選ばないといけないという究極の選択を迫られているのだとしたら、やはり何かがおかしいのだと思わざるを得ません。

結婚した女性でも、結婚や出産という理由のために離職を余儀なくされている女性も大勢います。本当はもっと働きたかったかもしれないのに。

だからどうすべきか、という話はまた別の話です。しかし、正しく現状を理解するということが、まずは議論のスタートラインに立つ第一歩ではないでしょうか。今後考えていきたいと思います。

 

テレビ番組の放送作家さん、リサーチャーさん、ニュースネタなどを探している番組関係者の皆さん、これからはこうしたソロ社会ネタの時代ですよ。

ラジオ番組のレギュラーやりたいので、ぜひお声がけくだい。独身者の悩み相談コーナーとかやりたいです。

「多様性を認めよう」と口では言いながら、いざ多様性を主張すると否定する人たちっているよね。

「御祝儀貧乏」という言葉がありました。

かつて、大体みんな20代後半から30代前半にかけて結婚していたので、その頃の6月とか11月は結婚式ラッシュになるんですね。そのたびに、バカにならないのが「ご祝儀」です。加えてお祝いのプレゼント代だったり、二次会三次会の費用。1回や2回ならなんとかなりますが、それが月4回もあったりすると、20代の給料では大変なことになりますよね。

めでたい話ですから、それが不満だというつもりは毛頭ありませんが、いつか結婚する人なら、人にあげたご祝儀も自分の式のときにもどってくるわけですが、ずっと未婚のままは「あげたっきり」になります。

まあ、結婚しない本人のせいですから仕方ないことですが、なんだか腑に落ちない気がすることも確かです。

 

会社の福利厚生でも、結婚祝い金や出産祝い金などが用意されているところは多いでしょう。これも結婚した人だけが恩恵を受ける制度です。

仕方ありません。1980年代までほぼ100%が結婚した「皆婚社会」だったわけですから。

ん?

でもよくよく考えると不公平じゃね?

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そんな中、「独身」を宣言した社員にご祝儀と休暇をくれる会社があったよという記事を発見しました。日本ではなく、韓国の話です。

www.huffingtonpost.jp

石鹸などを販売するバス用品メーカーの「LUSHコリア」は6月1日、独身を宣言した勤続5年以上の役職員を対象に、新たな福利厚生制度を導入すると発表した。

要するに、結婚しない独身の人にも会社から祝い金を支給するというもの。

 

全員が結婚するわけじゃない現代だからこそ、こういう柔軟性のある会社はいいですね。日本でも見習ってほしい。

何より、僕自身がいいと思うのは、これは「結婚」とか「出産」とか、そうした状態に対して祝い金を出すということではなく、本人が「独身でいい」と決めた個人の決断や選択に対して、会社側が承認する態度を示したことです。

結婚することもしないことも個人の決断と選択であり、それを尊重する姿勢があるからです。

つまり、これは「独身でいるという宣言」を祝うとか小さな話ではなく、宣言するもしないも個人の自由なところがよくて、個人の生き方の決断と選択そのものに価値があるという判断なんです。

「多様性を認めよう」と口では言いながら、いざ多様性を主張すると否定する偏屈ガラパゴス野郎どもが多い中で、こうした動きはとってもステキ。

 

案の定、この記事に対して否定的な意見も多い。

例えば、こんな意見。

結婚は1つのハレのイベントだからお祝いするのはいいとして、独身でいることはハレでもイベントでも何でもない。「何かをしない」ことを祝うって、おかしな話。

独身でいることは「何もしていない」ということなんでしょうか?結婚しないと、何もしていない無為な人生なんでしょうか?結婚しない人間に価値がないとでも言いたいんでしょうか?酷い話。こういう思考回路の人って、何かを達成したり成果をあげていない人間は無価値であるという判断をしそうで怖い。

結婚しているかどうかで人間の価値が決まってたまるか!

 

一方で、独身側からの意見。

心の中では自分勝手すぎて社会に貢献してないって思ってるので、わざわざ祝われたくない

これこそ、独身者たちが潜在的に社会から植え付けられた欠落感なんだよなあ。背筋が凍ります。

独身者の不幸感について書いた記事がありますので、こちらも参照してください。→40代独身者が「幸せになれない」根本原因 結婚が「幸せ」を運んでくるわけではないのに

toyokeizai.net

 

また、こんな意見もある。

結婚、離婚、独身は、個人の自由。企業が大げさに関与する時代は終わった。祝儀や休暇など人事規程で関与するのは昭和の考え方だと思う。

もしこれを言うなら、結婚も出産もなしにして一切のお祝い金制度を廃止するということでしょうね。そういうドライな考え方もあるでしょう。でも、なんでもかんだも昭和と片づけていいんですかね?

そもそもこの制度をやったのは、LUSHという外資系であり、韓国人です。昭和とかあまり関係ない。むしろ、日本人の昭和的な思考というのは、人は「同じような人生すごろく」を過ごすという考え方です。20代で結婚し、30代で子育てをし、40代で家も持ち、50代で子どもが独立するという、ハンで押したような画一的な生き方。それが昭和です。

むしろ、結婚することも是だし、しないことも是という意思表示を雇用主として従業員に表明することは決して悪いことではないように思います。

 

なんだろうな…最近、生産性とかの議論でも思うんだけど、効率とかいう人に限って人間性を失っているような気がする。

こういう手当を一切廃止して、その分給料あげればいいじゃんという指摘は筋違い。給料はあくまで対価としての正当なもの。それと一緒にしないでほしい。手当や祝い金はそれ以外の気持ちの問題じゃないですか。なんでもかんでも対価とか契約とかそういうものがいいわけじゃない。

 

ロジカルでばかり考えるから、そんな窮屈になるんですよ。

自己愛とは決してマイナスなものではなく、むしろ自己愛がない人間の方がヤバい。

臨済宗建長寺派「林香寺」の住職でありながら、精神科医でもある川野泰周さんとの対談記事(前編)がアップされました!

www.hakuhodo.co.jp

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「FOR2035」連載対談第三回目です(一回目は経済学の安田洋祐先生、二回目は社会学水無田気流先生でした)。いつも対談し始めると、予定とは違う話で盛り上がるのですが、今回もみっちりお話してきました。

何が興味深いかというと、単なる禅寺のご住職というだけではなく、現役の精神科医としても活躍されているマルチな視点を川野さんがお持ちだからです。

是非ご一読ください。

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FOR2035来るソロ社会の展望を語る – vol.3前編 / ゲスト:僧侶・精神科医 川野泰周さん ソロ社会で求められる「対話」と「セルフコンパッション」

googleなど世界的な企業が取り入れたことで話題となった「マインドフルネス」ですが、禅や坐禅との違いを理解している人は少ないと思います。僕自身もそうでした。
個人化する「超ソロ社会」において、必要となってくる「ひとりひとりの生き方」について、いろいろと深いお話を伺ってきました。

女子会でありがちな「わかる~」っていうのは対話ではない。誰かの悩みや苦しみを聞いた時に、一緒に泣いちゃったり悲しんだりしてしまう女子がいるが、それだと相談した相手の悲しみは深まってしまう。

これ大事です。対話とは何か?について語っています。

 

ビジネスマンに自己啓発本が流行っている歪み。現代人は心の中の根底にある自我が安定しておらず、自分の心幹が養われていない。だからこそ、定型化されたハウツーを欲したがる。でも生き方って、哲学や思想であって知識ではない。

僕自身はあまりこうした自己啓発本は読まないのですが、大体書店で売れるのはビジネス的な観点の自己啓発本です。よくあるのが「○○するやつは成功する」とか「○○しないやつは二流」とかそんなタイトルのもんですね。

そんなの、ぶっちゃけ「人による」

ハウツー的なものとかテクニック的なものをいくら吸収したところで、それを実践する人と合っているかどうかとは別の話。かつて、HotDogPressとかポパイとかの雑誌で、よく「恋愛ハウツー」的な記事が人気でしたが、あんなもの真に受けてモテた試しないから。

自信のなさを「知識」や「教養」で穴埋めをして安心するという心理です。ですが、実はこれこそがソロ男・ソロ女たちの欠落感を刺激する「エモ消費」の一種でもあるんですが…。その話はまた別で。

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よく悪いものとして扱われますが、“自己愛”は、自分を支えるための自信や自分の存在価値への信頼度であり「あって然るべきもの」。慈悲は他人に向かうものですが、根底に自分への慈悲や思いやりがないといけない。そうじゃないと、無意識に見返りを求めてしまう。

拙著「超ソロ社会」の中でも、「まずは自分を愛するようになること」ということを書きました。自己愛とは決してマイナスなものではなく、むしろ自己愛がない人間の方がヤバいです。

ただし、自己愛が悪い印象を与えているのは「自己愛性パーソナリティ障害」との混同があるからです。自己愛性パーソナリティ障害は後天的な病気でもあるんですが、10人に1人は存在するようです。案外、数が多い。

 

以下の質問をチェックしてみてください。

1.十分な業績がないにもかかわらず優れていると周りから認められたい。

2.自分の成功した姿や理想的な愛を獲得した空想をよくする。

3.自分が “特別” であり、だから、凡人とは違う特別な人達と親しくなれるべきだ、と思っている。

4.他者からの賛美や称賛を求める。

5.自分がお願いすれば、相手は自分のために動いてくれるものだと信じて疑わない。

6.自分の目的を達成するために他人を利用することが悪いと思っていない。

7.親戚や友人の親などの訃報を聞いても、正直あまりなんとも思わない。

8.誰かがうまいことやって成功すると嫉妬する。

9.態度が尊大で傲慢になりがちである。

5つ以上であなたは自己愛性パーソナリティだそうですよ。アメリカ精神医学会、DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアルより。

自己有能感と自己肯定感でいうと、自己有能感だけ高くて(実績が伴っていなくても)自己肯定感が低いのが病気。「本気出せばできるはず」とか言う奴ですね。よくいる。自己肯定が低いからこそ、その欠落感を他者の承認で埋めようとするし、称賛してこない他者は「自分のことを理解できない敵」であると認知するようになります。

う~ん、なんか、周りそこらじゅうにたくさんいそう。

一時期叩かれた「意識高い系」も同じじゃない?

 

自己愛性パーソナリティ障害って、自己愛とはついているけど、ちっとも自己を愛せていないだけのような気がするんだよな。

だって、外から見た(他人から見た)自分の姿しか見てないじゃん。だから称賛を求めるんだろうし、自分の姿を盛るわけですよ。むしろ、自分自身が嫌いなんじゃないかと思うくらい。こうした障害や病気としての自己愛と健全な自己愛は違います。

健全な自己愛とは、「ありのままの自分を客観的に把握する能力があり、その上で、ありのままの自分を肯定できる」ことです。欠点や自信のないこともちゃんとわかった上で、それを自虐ネタにして茶化したりせず、肯定できること。案外難しいことです。

誰もが承認されたい気持ちは持っているし、否定や批判されたら気分悪いはず。否定や批判をありままに受け入れるって、実は相当難しいこと。ツイッターとかで叩かれたりすれば、皆ブロックするわけじゃないですか。

まあ、でも、だからこそマインドフルネスが注目されるわけですね。マインドフルネスとは、川野さん曰く、「今この瞬間に感じているこの感覚をそのままに受け止める」ということ。否定も評価も価値判断もしないということなんだそうです。

まさに、あるがまま…。

難しい。

 

ちなみに、川野さんと対談して早々に書いたこちらの記事「会いたい人がいるなら、会いに行けばいい!」も割といいこと書いてますので、あわせてどうぞ。

 

wildriverpeace.hatenablog.jp

拙著「超ソロ社会」、遂に中国進出か?

なんか驚いた!

遂に、僕も中国進出か?

中国っていっても広島や岡山地方のことじゃないです。中華人民共和国ですよ。CHINAですよ。

 

中国版の日経にて、拙著「超ソロ社会」が紹介されました。しかも、ちゃんと論説付で丁寧に紹介されています。

zh.cn.nikkei.com

 

なんとなく漢字だけでも意味わかるね。

荒川勸他的讀者,主要是日本的讀者需要摒棄「只有結婚才能幸福」的想法,避免變成「親密的單獨依存」,即「我的人生只需要有丈夫和孩子,甚麼都不需要」的狀態。

荒川は、「結婚さえすれば幸せになるはず」という発想をなくすべきだと読者にアドバイスしている。

その通りです。

f:id:wildriverpeace:20170606225937p:plain


ぜひ、中国語版、出してください!中国的翻译“超獨身社会”、请把出书。

なんてったって、日本の10倍、3000万人もの未婚男性が余っている国なんですから。中国のソロ男対策に一役買いますよ!


お願いします!

 

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