ソロで生きる力@荒川和久

来年1月に新刊「超ソロ社会-独身大国日本の衝撃」が出ます。「結婚しない男たち」とあわせてよろしくお願いします。独身研究の第一人者としてテレビ・ラジオたまに出ます。東洋経済オンライン、読売新聞オンライン他コラム等執筆しています。執筆・取材・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージからお願いします。https://www.facebook.com/profile.php?id=100008895735359

コロンビア戦後の掌返しの何がいけないのか?

昨日のW杯「日本vsコロンビア」戦はよかったですね。

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試合内容等についてはさんざんニュースでもネットでも取り上げられているので割愛するとして、今回取り上げたいのは、「今までさんざん日本代表ほボロカスに言ってた奴等が急に掌返しすることが許せない、謝れ」とかいうコメントが散見すること。

掌返しの何がいけないのでしょうか?

人間というのは、一旦決めたことや言ったことは何が起きても変えちゃいけない、なんて法律でもあるんですか?

大会前の監督解任やらのもめごとや、テストマッチでの惨敗ぶりから、いろいろ意見を持たれる方がいて当然です。日本人ならどんなチームであっても日本チームを無条件で褒め称えて応援しなきゃいけないもんでもない。

そして、昨日の試合を見て、「見直した! 」と掌を返す行動は、むしろ普通の行動であり、あれを見てもなお「たまたまだ」「運が良かっただけだ」と自説を曲げないような頑固者の方がどうかしている。何を言っても自分の過ちを道めない老害じいさんそのものではないですか。

「掌を返す」ことができるというのは、適応力。

掌返しもできないような頑固者や事実を把握できない者は滅びていくだけ。恐竜のようにね。

優れた経営者も朝令暮改は当たり前です。戦場における指揮官もまた、逐一動く戦況に応じて対応できなければ全滅するだけ。

これは人との付き合いでも言えることです。

すべての他人が自分と同じ考えのわけがないし、共感する人同士だけで徒党を組むのは安心だけど危険です。いろんな人のいろんな意見を、違う機会で聞くことで、受け入れられたり、論争したりするわけです。そうした時に自分の意見だけにこだわっている人って、結局人と接する意味のない人なんですよ。だったら無人島で仙人でもしてろ、と。

人と接するということは、すなわち意見を変える(または考え方を付加する)ことであり、だからこそ人のつながりは有益なわけですから。

終始一貫していることがいいとでも思っているとしたら、実はとんでもない間違いです。

 

 

そんな中、「日本代表が勝ったら東京から山口までチャリで行ってやるよ」というツイートが台湾のニュースになったりと話題になった。

togetter.com

このまとめを最後まで見ていただきたいのですが、とてもあたたかいやりとりがされています。行く羽目になったツイ主のために、いろんな人がそれぞれの知見から有益なアドバイスをしている。

これぞ、僕が提唱している「接続するコミュニティ」の姿かもしれません。

コミュニティとは、かつて「所属」するものでした。地域も家族も職場も、その場所に所属することで安心を得られたわけです。しかし、社会学者バウマンやベックの予言通り、今までの強固で安全な共同体はことごとく崩壊しつつあります。ベックが言ったように「家族ですら死に体になる」というのもあながち大げさな話ではなくなりつつあります。

一切の「所属するコミュニティ」が消えてなくなるとまでは言いませんが、従来の「そこに所属=いれば安心」とうコミュニティは確実に減ります。かつての疑似家族だった職場がそんな安心を与えないものになっていることはみなさん肌で感じているでしょう。地域に至っては、都市部ではもはや共同体ですらない。

そうした中だからこそ、大事なのが「所属」ではなくコミュニティに「接続」するという考え方です。所属する必要はないのです。

わかりやすく説明すると、シェアハウスに住む必要はないけど、自由に出入りできるオープンなリビングルームがあれば、そこでいろんな人とつながることはできる。リアルな場所じゃなくてもネット上でもいい。

大事なのは「居場所」じゃなくて「違う人と、違う考え方の人と触れ合うことで、自分の中の新しい自分を生む」ことです。

誰かと接続すれば、良し悪しは別として、何かが自分の中に生まれるはずなんですよ。

このツイートした彼が、いざ山口までのチャリ旅をスタートしたとするなら、彼が行く先々で、リアルにたくさんの人とつながり、彼という人間を起点とした「接続するコミュニティ」ができあがっていくことでしょう。

頑張ってください。

それともうひとつ思ったこと。

ツイッターはクソだという意見もありますが、こうしたあたたかいやりとりが起きているのもツイッターの上でのこと。所詮SNSは道具でしかないわけで、クソリブしか飛んでこないとか、クソツイートしか目に入らないという人は、ご自分がクソなのかもしれないという反省が必要かもしれませんね。

 

 

それにしても、試合後の本田のインタビューがいろんな意味で戦慄した。テンションが低いとか云々じゃなくて、この人どこかメンタル的に病んでいるんじゃないかと心配になる。

 

 

それに比べて、この映像の後、スタジオでしゃべっていた元日本代表の岡野が、「足立区のスナックで酔っ払っているあんちゃん」ぼくて癒されるw

コメントの内容は、何言ってるかさっぱりわかんないけど。

 

繰り返しますが、大事なのは「居場所」じゃなく、「接続する人」です。

 

※「接続するコミュニティ」については、少し前にNewsPicksに論考を寄稿しました。有料記事ですが、あとでこちらでも一部公開します。

 

ジャパンタイムズ紙より取材。日本人夫の妻唯一依存体質について語りました。

英字新聞「ジャパンタイムズ」からインタビューを受けた記事が公開されました。

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タイトルは、日本語で言うと「増加する日本の独身者 一人で死ぬことに対する快適な環境へ」とでも言えばいいでしょうか。comfortableの使い方がいまいちわかりませんが、要するに、「孤独死みたいなことを必要以上に恐れてもしゃーないでしよ。いつだって誰だって死ぬときは一人かもしれないんだよ。独身だけじゃないよ。結婚したって一緒に死ぬわけじゃない。だったら、そういう前提で社会も個人も意識を変えていかないといけないよね」という話です。

WEBにも載っています。

 

www.japantimes.co.jp

 

この記事の元になっているのは、以下のニュースです。

葬式の総合情報サイト「いい葬儀」などを運営する鎌倉新書という会社がやった調査らしいのですが、今後生涯未婚も増えるし、前述したように、結婚しても最終的には夫婦のどちらかは一人になるわけで、「一人で終活を考えないといけない」ということをアピールしたかったんでしょう。

www.itmedia.co.jp

 

これはまさにその通りで、「結婚しないと孤独死するぞ」っていうジジイが多いですが、実際に孤独死して、死後何か月後かに発見される男の大抵は元既婚者ですからね。

はっきり言って、既婚者のジジイたちには死に対する考え方が甘いし、妻や家族が看取ってくれるものだと無邪気に信じ切ってるんです。

芸能界でも、津川雅彦や仲代達也、野村監督など奥さんに先立たれて憔悴した様が記憶に新しい。

病気だけじゃない、不慮の事故で死んでしまうことだってある。

そう考えれば、「結婚したところでいつかはソロに戻る」ということをもっと自分事にしていかないといけない。

それでもまだ死別はマシな方かもしれない。言い方はあれだけど、死に対して抗うことはできないからだ。しかし、ヤバいのは離婚。

離婚された男の自殺率の高さをご存じでしょうか?

それについてはこちらに書きました。

comemo.io

 

ジャパンポストのインタビューにも僕は、以下のように語っています。

“Japanese men simply depend (too much) on their wives and children. Women are more capable of building personal connections, and are thus more independent.”

日本の夫は、特に妻及び子どもへの唯一依存が強すぎる。要は、家族しか頼れるものがいないわけです。仕事をしているうちはまだ職場というコミュニティがあったからよかった。しかし、定年退職してしまうと、日本のおっさんの大部分は誰ともつながりのない社会的孤立に陥ります。そんな孤立感を埋めようと、彼らはさらにどんどん奥さんへの依存度が高まります。

最近、結婚20年以上の夫婦の熟年離婚が増えています。きっかけは夫の退職であり、言い出すのはほぼ妻側です。はっきり言えば、「給料を持ってこない年老いた夫には用はない」と捨てられるのです。現代は、離婚しても年金分割は可能ですし、離婚によって不動産や退職金などの財産分与されれば、妻は「ソロで生きていける」わけです。

もっと酷なことを言えば、妻の本心は、自分に依存しきり、頼り切った「皺だらけの赤ん坊みたいな夫」には嫌悪感しか感じず、万が一夫が認可症なんか患ってその後の人生、夫の介護に忙殺されてしまうなんて「真っ平御免だ」ということでもあるんです。

「うちの妻だけは違う」

そう思いたい気持ちはわかりますが、そういう思考こそ「妻唯一依存」のダメな考え方なんでは?

既婚の男ばかりが「一人で生きられない」みたいに言うけど、それは生涯未婚の独身男でも一緒じゃないか?

そうですね。でも一点だけ大きな違いがあります。結婚したくてしたくて結果的にできなかった男は別とすれば、ソロ男は「一人が苦にならない」のです。既婚とは大前提からして違います。

一人暮らしを半世紀もしていれば家事も洗濯もお手の物です。別にに引きこもっているわけじゃないし、個人として「接続できるコミュニティ」さえ複数あれば、それでやっていけるし、十分ソロで生きていけるんです。

生涯独身でヤバいのは、ずっと親元で暮らし、50過ぎて親の介護をやらなければならなくなった独身たちかもしれません。←8050問題。

自分を慈しむことすらできない奴が、誰かを大切にすることなんかできない!

昨日6月12日発売の『週刊女性』6月26日号に、僕のインタビューが掲載されています。

 

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コスパ時代のイマドキ結婚事情」という10ページにも渡る大型特集です。

今まで、「週刊プレイボーイ」「週刊朝日」「宝島smart」など雑誌には出ていますが、女性週刊誌は初です!

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なかなか濃密な特集となっていますので、ぜひお買い求めの上ご一読いただければと思います。特に、結婚したいとお考えの方は是非! 

 

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ちなみに、どんなことを語っているかというと、我ながら割となかなかなことを言っています。

一部引用すると、未婚化が進んだのを若者の価値観の変化とか草食化とかのせいにすべきではないということを言っています。

「〝恋愛強者3割の法則〟といって、 いつの時代もモテる男女は3割しかいません。自分からアプローチできる男性も3割未満です。1965年に初めてお見合い結婚を恋愛結婚の数が上回ったのですが、当時25歳だった人が50歳になったときに生涯未婚率が向上しました。婚姻数の減少は見合い結婚と職場結婚の減少数とほぼ一致します。社会のお膳立てがなければ、結婚できない人は昔からいたということ。現代の20代~30代が特別というわけではないのです」

社会のお膳立てがなければ恋愛すらできない、7割の恋愛弱者はどうすればいいの?

「自己肯定力でしょう。男女とも受け身気質である以上、そう簡単にマッチングすることはありません。行政の結婚支援も、単に出会いの場を提供する以前の問題として、個々人が自分を肯定する力を養えるような環境を創出していく必要があると思います」

ここ大事なんですよね~。

行政って官製婚活やれば「やった感」あるから仕事したと思うかもしけないけど、あんなもの本当に税金の無駄だからやめた方がいいし、動画なんか作るのもクソだからやんないでほしい。

彼らに必要なのは、男女の出会いの機会以前に、個人個人がつながって自己の社会的役割を感じられるようにする「接続するコミュニティ」なんです。配偶者や恋人や友達以前に必要なのは、「自分自身に対する慈悲心」なんですよ。

自分を慈しむことすらできない奴が、誰かを大切にすることなんかできないし、あまっさえ子どもを育てることができるとは思えない。昨今の子ども虐待はそういう輩の所業なんじゃないかと思います。 

「自分自身に対する慈悲心」とは自己肯定感です。

 

記者さんからも以下のような質問受けました。

「どうすれば自己肯定できるようになりますか?」

→答えは誌面にてw

 

 

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言葉を、人を傷つけるための凶器に変えるのはやめましょうよ!

東海道新幹線の殺傷事件は、ショッキングであり、かつ、とても痛ましいものでした。

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「誰でもいい」と見ず知らずの人を殺せてしまうこの小島一朗なる畜生には、怒りしか覚えません。こいつがどんな心の闇を抱えていたのかとか、苦しんでいたのかなんて知ったことじゃない。

ふざけんなっ! 

一方で、自分の危険を顧みず、見ず知らずの女性を助けるために犠牲になってしまった梅田耕太郎さんが気の毒でしょうがない。

我々だって、もしかしたらいつなんどきこんな事件に遭遇するかもしれない。そんな時梅田さんのように行動できるのか?

このニュースを聞いた時、そんなことを頭の中で考えていました。

そんな中、耳を疑うような言動がこれ。

matome.naver.jp

 

あろうことか、「梅田さんが立ち向かって、容疑者を刺激したことで最悪の事態を招いてしまった」という警察見解をそのまま報道したミスターサンデー。

発言の詳細はこうだ。

「新幹線の車内で被害者となってしまった男性なんですが、容疑者の男にたった1人で立ち向かったということが、目撃者の証言でわかりました。今、警察は2つの見方をしています。男性が立ち向かったおかげで多くの乗客の命が助かった、という見方。男性が立ち向かって容疑者を刺激し、結果として最悪の結果を招いてしまった…こうした2つの見方を慎重に検討しながら捜査をしている状況です」

後半はいらない! 言う必要がない。

身を挺して女性の生命を救った梅田さんの行動を全否定するかのようなこんな言動って、あり得ないでしょ。

しかも、この言い方に対して、番組内のキャストもスタッフも一切訂正も謝罪も、「そういう言い方は不適切だ」という批判すらなかった。どういう神経をしているのだろうか。

たとえ警察の見解がそうだったとしても、それをそのままコピペで伝えるだけならジャーナリストでも記者でもない。ただの録音機だ。何より、公共に向けて放送する立場にしては、あまりに配慮と思いやりに欠ける行為です。もっと言えば、「人間性の欠片もない」。

 

それだけじゃない。

書くのもはばかれるようなこんな書き込みもされていたようだ…。

togetter.com

 

こういうのを書く人たちは一体どんな感情をお持ちなのだろうか。相手の立場やご遺族の立場に立って考えるということができないのでろうか?主観でしか生きてないのか?

いや、そもそも生きてさえもいないのではないか?

これに限らず、ツイート上のクソリブやブログなどに対するクソコメントを書き込む人たちは、それを書いて一体何を得たいのか?あなた方がどんな感情を持ったかどうかはまでは関知しないし、それは自由だが、一旦ネットに書いてしまったことはあなた一人の感情の吐露では済まされないのだ、ということを肝に銘じてほしい。

この小島何某という犯人と同じことを、あなた方は「ネットに書き込む」ことでやっているのだ。

言葉を、人を傷付けたりする凶器に変えるのはやめましょう。言葉をもっと大事にしよう。言葉ひとつで、誰かを救えることもあるんだ。同じ言葉なら、そういう使い方をしましょうよ。

「スナックぼっち」第3弾2次会のお知らせ

定期的に実施している「スナックぼっち」。

第3弾は、来週6/16土曜日に開店です。

「スナックぼっち」とは、独身男女が一人でフラッと来ても誰かとつながって帰れる場所ということで企画しているものです。今回は、NewsPicksでご活躍中のM.Ogataさんとのコラボ企画で、彼が「恋愛相談」をしてくれるそうです。もちろん僕への独身相談も受け付けます(独身相談ってなんだ?)。

ところが、1次会のスナックでの募集が瞬売で売り切れとなりました。もともとスナックでの実施なのでそんなに大人数は入れないのです。

…というわけで、急遽別の店にて2次会を開催することにしました。スナックではなく居酒屋での実施になりますが。

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多分、当日はほとんどの方が初対面だと思います。noteご覧の皆さんの中でもご参加希望ま方はぜひこちらからお申込みください。お申込みいただいた方にのみ開催場所をお知らせいたします。(お店の予約の関係上人数の確認のために申し込みをお願いします)

eventon.jp

 

ちなみに、これはあくまで、「接続するコミュニティ」の一環でやっているもので、出会い系でもないし、異性を紹介するイベントではございません。

 

過去の「スナックぼっち」記事はこちら↓

wildriverpeace.hatenablog.jp

wildriverpeace.hatenablog.jp

少子化っていうけど、日本のお母さんたちはがんばっている

毎日新聞から取材を受けてコメントしています。

 

mainichi.jp

 

前からずっと言い続けていますが、不可避な人口減少を嘆いても仕方ないわけで、今回「それを前提にして考える」という方向に新聞の論調が変わってきていることはよいことだと思います。

人口減少問題に対して、いつも顔を真っ赤にして「国難だ」「国が亡ぶ」と叫ぶおじいちゃんがいるんだけど、本当に無意味。

ご存じない方が多い(新聞記者すら知らなかったりする)けど、1974年人口問題審議会の予測では、2010年から日本は人口減少にシフトするとされていて、事実その通りになっている。少子化は今の政治が悪いとか関係なくて、50年前から予測されていたことです。

 

そのあたりについて、歴史人口学の第一人者鬼頭先生と対談した記事はこちらです。

www.hakuhodo.co.jp

 

それと、少子化の話題では、合計特殊出生率ばかり取沙汰されますが、結婚完結出生児数をちゃんと見た方がいい。結婚したお母さんはがんばっている。ちゃんと2人産んでいる。

これ以上産めって言われたって、教育費やらお金の問題があるから大変です。

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そして、少子化でいつも深刻にとらえない人が多いけど、実は問題なのは離婚の増加なんです。

今離婚増えています。3組に1組は離婚する時代です。が、離婚せずに4年以上結婚継続している夫婦は2.5人産んでいるんですね。これは僕独自の継続結婚出生率という考え方です。継続結婚出生率でみると、最近上昇している。

かつて皆婚時代の日本は、世界一離婚が少ないといってもいいくらいだった。だから、夫婦は4人も5人も安心して子どもを生んでいたとも言えるわけです。

 

だからといって、別に「子どものために離婚を我慢しろ」とは言ってません。

出生率の高さは高婚姻率と早婚率と低離婚率によるものであり、現代の低婚姻・晩婚化・高離婚状況はどう考えても、何をしても少子化にならざるを得ないという話をしているだけです。

 

少子化対策はフランスを見習え」と言い続けてきた人もいますが、フランスの出生率は現在3年連続減少中。今後も減り続けるでしょう。ああいう「子どもを金で買う」みたいな政策がうまくいくはずがない。フランスに習ったドイツの出生率が高いといいますが、18万人は移民の子です。それを除けばドイツの出生率は、今の日本より低い。

自然の流れに逆らって無理に子どもを生むよりも、今いる子どもたちをみんなが育てる環境を考えましょう。親だけではなく、未婚も子育て終了した高齢者も、大人たちが全員で誰かの子どもを育てる。

そういう拡張家族の概念がもっともっと広まってほしいと思います。

 

いつも一緒じゃなくていい。いざという時つながれる人がいれば、それが友というものだ。

6月8日から公開される映画「30年後の同窓会」の有識者試写コメントを書きました! 小堺一機森本毅郎吉田照美高田文夫みうらじゅん等々錚々たるメンバーの中に加えていただき大変光栄です。

 

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お時間あれば是非ご覧ください!

 

 

本日の読売新聞夕刊でもデカデカと載りました。

 

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この映画は、まさに「いつかは誰もがソロになる」という覚悟が必要だと教えてくれる、ソロ社会にふさわしい物語です。結婚しても、子どもを生んでも、誰もがこういうリスクはあります。40代50代の既婚男性はぜひご覧になっていただきたいと思います。だけど、決して悲しい映画じゃありません。

主人公は真ん中のおっさんですが、左側のヒゲは未婚のいい加減なバー店主の役です。しかも女好きです。こいつに感情移入してしまう。右側の神父もいい味出しています。

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「50才のスタンド・バイ・ミー」というキャッチコピーがついていますが、まさにそんな感じです。

心が温かくなる作品だと思います。

 

いつも一緒じゃなくてもいい。いざという時、つながれる人がいれば、それが友というものだ。

 

↑いま思いついたけど、我ながら、これいい言葉だな。これをコメントとして出せばよかったwwwそういうもんですね。

30years-dousoukai.jp