ソロで生きる力@荒川和久

来年1月に新刊「超ソロ社会-独身大国日本の衝撃」が出ます。「結婚しない男たち」とあわせてよろしくお願いします。独身研究の第一人者としてテレビ・ラジオたまに出ます。東洋経済オンライン、読売新聞オンライン他コラム等執筆しています。執筆・取材・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージからお願いします。https://www.facebook.com/profile.php?id=100008895735359

「超ソロ社会」、いよいよ世界デビューを果たしました!韓国版発売!

韓国で「超ソロ社会」の翻訳本が発売されました! 


海外進出第一弾です! 
世界デビューです!

※第一弾というからには第二弾もあります!

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일본 화제작 '초솔로사회' 국내 출간 
→日本の話題作「超ソロ社会」国内出版

という見出しで韓国内各種ニュースになっています! 
ありがとうございます。


15000ウォンとのことなので日本円にしたら1500円程度。

以下の書籍紹介している内容を見ると、韓国の人たちも日本同様ソロ社会化への懸念を感じているようです。うれしいのは「超ソロ社会」が提示している未来への提言をちゃんとテーマとしてわかってくれているということでしょうか(日本の記者さんよりも)。


ありがたいことです。

韓国に誰か招待してくれないかなあ。

 

ハングル語なんて読めないので、グーグル翻訳したら、自分の名前が「アラスカワガーズヒサシ」となっていた。スターウォーズに出てきそうな名前だ。

 

こちらの書籍紹介がとても丁寧です。

本の主要メッセージは、第6章「ソロ社会の未来」にある。著者は、人口の半分が独身者になるソロ社会は孤立した社会ではなく、「ソロで生きていことを能動的に選んだ人々の社会」という点を強調している。韓国の未来の鏡でもある日本社会の変化を緻密で鋭く描いた本であるという点で興味深い。 

 

www.yonhapnews.co.kr

こちらもちゃんと読み込んで解説してくれています! 

ソロ社会化は逆らえない変化だ。超ソロ社会の到来は、時間の問題であれば、私たちの共同体意識と社会規範もそれに合わせて変化しなければならないということが著者の主張である。「結婚教」伝道師の結婚強要と軽蔑、結婚していない従業員の人事上の不利益等は、急激なソロ社会化の中で、認知的不協和を経験している韓日両国で共通して表示されている社会病理現象である。

 

www.sedaily.com

 

こちらはマーケティング視点に重点おいて紹介してくれてる! 

荒川は、将来の消費市場を主導する「ソロ」の生活、消費トレンド、価値観を一つ一つ暴く。ソロは自分が認めていない価値や体験は1ウォン、1秒を送る惜しまが、一度価値を認めことはお金と時間を惜しみなく使う。日本では、このような消費を「エモ消費」という。韓国では昨年登場した「始発コスト」「使い果たしジャム」と似たような使い道だ。

 

news.mk.co.kr

 

「ソロで生きる力」についてちゃんと理解して書いてくれています! 

著者は、何よりも未婚化、少子化を眺める否定的視線、不安と恐怖を煽る情報だけに注目する傾向に批判的である。「未婚化は若者が悪いせい」「少子化は労働条件が良くない保育園が不足しているせい」という類は問題の本質をぼかしすものである。問題を解決するのではなく、まるで犯人探すようして、誰かのせいに追い込む態度だ。これは未婚者と無子夫婦にとって罪悪感を与えるだけだ。

 

 

ソロ社会を生きていくために必要な力は何だろうか?著者は、まず自分自身を愛する態度を持つのが「ソロで生きる力」と言う。一人一人が自立してつながる社会がまさに著者が言うソロ社会のあり方である。 

 

biz.heraldcorp.com

 

短文ですがテーマを明確にして書いてくれています! 

ソロで生きることは、他人との交流を遮断して勝手に生きることを意味しない。... 新しい家族、地域、会社共同体を創出し、関係性を構築しながら、人々が自立していく社会がソロ社会だ。ソロ社会でも他人との連携は重要である。日本の変化像を伝える新刊だが、韓国読者も印象的に読む価値ある本だ。 

news.kmib.co.kr

 

 

ところで、amazonで注文しようとしたら、韓国にはamazonがないのね。はじめて知った!

 

さっそくブログを書いてくれた人もいた! ネイルしているから女性かな?ありがとうございます! 

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perkyblog.tistory.com

市民権を得た「ぼっち飯」。みんな本当はそうしたかったという事実

日経COMEMOのコラム更新しました。

 

この焼肉写真を撮るためだけに一眼カメラもって焼肉屋行きました! 

 

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comemo.io

 

独身男女の8割がランチは「ぼっち飯」を希望しているとのこと。上司の誘いはみんな内心嫌だと思っているんですよ。おっさんたち、わかりましたか?

ちなみに、みなさんはどこまで「ひとり〇〇」できますか?男女別ランキングも掲載しています。ぜひご覧ください!

NewsPicksでこの話題にコメントしていただいた方多いのですが、割とみなさん「ぼっち飯」派が多いんですね。

たまたまツイッターのタイムラインでこんなのが流れてきたので

 

 以下、引用リツイートしました。

 

 

COMEMOの記事にも明記しましたが、特に「ぼっち飯」需要は高く、ここに対応できない外食産業は間違いなくつぶれます。もはやファミレスでさえ、ひとり客対応しているんです。家族や主婦が消費を動かす時代は終了です。

 

ところで、かつての高度経済成長期の職場では、昼飯はみんなで食事するのが当たり前でした。工場だけではなく、普通のホワイトカラーの企業でも社内に社食というものがあって、今のように好きなメニューを選べるのではなく、今日はこれ! と決められた統一メニューをみんなが文句もなく食べていた時代があったわけです。

 

それって学校の給食と同じですね。

 

そうした社食形態がなくなっても、同じ部や課のメンバーでぞろぞろと連れ立ってランチに行く光景が続きました。だから、大手町や新宿などのオフィス街の12時過ぎはどこの飲食店も行列だったんですね。今もそうかも。

なんでみんな不思議に思わないんでしょうか?

 

よく考えたら異常な光景じゃない?

 

それこそ工場勤務の人で、みんなが同時に休憩して同時に働かないといけない職場ならわかりますよ。でも、事務職の人なんて別に同時にランチ行く必要ないじゃない?

それこそ小売業やサービス業の人たちは、シフトで食事や休憩を取るわけですが、あれは決められた時間に行かないと周りにしわ寄せいくけど、普通の事務の仕事とか別に好きな時間に行けばよくない?って思うんですよ。

ちょっと前までは、上司のランチの誘いを断ったがために陰湿な職場いじめパワハラに発展した事例もありました。

 

くだらねー!

 

飯を一緒に食えない奴は協調性がないとか、いうジジイの方がアホだと思います。そもそも食事時間は業務外です。どう使おうと個人の自由であって、それを「上司とともに行動すべき」と強制することは、明らかに労基法違反です。

そんな古臭いクソ上司は、即訴えましょう。会社に相談しないで、即弁護士つけて提訴しましょう。そうです、貴乃花親方戦法です。即効書類送検させて前科もちにさせればいいんです。

 

そんなことしたら、会社にいられなくなる?

 

そんなことないです。もしそれを理由に会社があなたを解雇しようもんなら、それはそれで新たに訴えることも可能です。

 

もちろん、僕の言うとおりにして「失業したじゃないか! 」と文句言われても困るし、何もできないので、実行は個人責任でお願いしますwww

まあ、確かに、かつての会社だったら個人的に嫌なことがあっても我慢するのが筋と言われたでしょう。でもそんなのもう我慢しなくていいんです。それは決してわがまま自分勝手に行動していいってこととは違います。しかし、会社に所属して給料をいただくのは、あくまで労働の対価として受け取っているのであり、会社に所属しているからといって奴隷になったわけじゃない。ましてや、たまたま上司になったようなボンクラジジイに独裁者のように指示される筋合いはまったくないんです。

 

もちろんクズみたいな会社はたくさんあるので、注意は必要ですが、そのためにもその会社一社しか依存先がないような働き方自体考え直した方がいいと思います。そこしか働き口がないから、とか、やっと入った正社員の口だから、とか、そういう唯一依存だと結局「会社の奴隷」になっちゃうんです。

 

会社と個人は対等だし、上司と部下も対等。そこに上下関係があるって考えること自体がおかしいんです。

 

いずれにしても、「働き方改革」といいながら残業時間を減らすことばかりやっている連中がいるけど、そうじゃなくて、「個人の自由と裁量範囲を広げること」こそが本当の「働き方改革」なんじゃないんですかね?

 

飯の時間とか好きにさせろよ、という話です。

「あなたのためだから」と寄ってくる奴にロクな奴はいない

以前にこういう記事を書きました。

「ギブ&ギブ」の精神を他人に押し付けるやつはロクなもんじゃねー! という話です。

wildriverpeace.hatenablog.jp

 

これに共感してくれる人もいるけど、「まったく賛成できない」と異論を唱える人もいるわけで、それは人それぞれ自由だからいいんですけど、この話って人類の長い歴史の中でいろんな賢い人たちがずーっと喧々諤々やってきて、いまだに結論がでてない問題なので当然です。

 

人にギブするという行為は、利他的なものなのか?利己的なものなのか?

 

利他的であるとする代表選手が、心理学者ダニエル・バトソン。

彼は、「相手が困っているときに何かしら共感を覚えると、人は無私無欲になる」と唱えています。相手の困り具合がひどければひどいほど、より一層相手への愛着が増すんだそうです。そうなると、相手を助けるエネルギーがどんどん強くなる。それは、相手を助けると自分がいい気分になれるからではなく、心から相手を思いやっているからだ、と説く。

 

なるほど。

 

それに対して、真っ向から異を唱えるのは同じ心理学者のロバート・チャルディーニ。

彼は、「人間に純粋な利他主義など存在しない」と言い切る。「困っている人を見ると、私たちは苦しみや悲しみ、うしろめたさを感じる。こうした自分のネガティブな気持ちを和らげるために人助けをする」と主張した。

 

それに対するバトソンの反論。

「ネガティブな気持ちを和らげるために、というが、人はそういう場合その状況から逃れるようになるだけだ」。要するに、見て見ぬふりをするということです。相手に共感が少なければそうするだろう、とバトソンも認めている。

彼は、それを裏付ける実験をした。被験者に女性が電気ショックを受けて苦しむ様を見せた。すると8割近くがその実験室を出ていってしまった。しかし、被験者がその女性に共感を覚えると、出ていく率は14%に減った。それどころか、残った86%はその女性の身代わりに自分が電気ショックを受けると申し出たそうだ。

バトソンは「自分が痛い目を見ても相手を助けようとする、自己犠牲の精神だ、これが利他だ」と胸を張る。

しかし、チャルディーニも負けない。

「だからといってそれは利他主義によるものではない」

チャルディーニも共感によって人が他人を助ける行為をすることは認めている。彼が主張するのは、以下だ。

困っている人に強い共感を覚えてしまうと、相手に強い愛着感情を持ちそのうちその感情は相手との一体感に変わっていく。困っている相手を自己意識に同化させ、相手の中に自分自身を見出すようになるとチャルディーニはいう。

 

これこそが人助けのメカニズムであり、実際には他人助けではなく、自分自身を助けているのだ。

 

人は想像力によって、他人の境遇に自分自身を置き、同じ苦痛を耐えていると心に思い描く。いわば、相手の体の中に入り込み、ある程度相手と同化するようになる。だから、助けているのは自分そのものなのです、と。

この後も二人の論争は続く。

 

 

僕は完全にチャルディーニを支持しています。

バトソンが何をいおうが一向に心に響きません。だってそれって理屈でしかないら。思うのは、結局感情というものは主観なんです。どんなに客観視しようがロジカルに分析しようが、感情というものはすべて主観。共感とは感情です。そして感情によって行動は喚起される。

だとすれば、「相手のために」という理屈は、すべて主観に基づく自己の行動を客観的に正義化したいがための理屈でしかなくて、「利他的に行動しているという自分自身を愛でたいがためにそういっている」に過ぎないんです。だから僕にしてみりゃ、バトソンの理屈こそがもはや「非利他的」なんです。

 

よくいるよね。「あなたのためだから」と前置きして、どうでもいいことを押し付けてくるやつ。バトソンはまさにそういう輩と同類。

こういうのが始末悪いのは、言ってる方は「本気であなたのためだから」と勘違いしている場合もあるってこと。最悪。

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「あなたのためだから」というセリフのすべては「あなたのためだからという理屈で自分の利己的な心を消滅させて自分のために行動している」あらわれだと思うよ。

 

自分のためでいいんですよ。それの何が悪いの?

 

自分のために行動することで結果として相手の助けになるなら、それが一番ないいじゃない。

チャルディーニの言説は、僕が拙著「超ソロ社会」で言っている「自分の中の多様性」の話ともリンクしています。

人は他者と会ったり、話したり、交流したりすることで、その他者によって自分の中に「他者と接続したことで生成された自分」が誕生します。それはAさんによってできた自分、Bさんによってできた自分、全部違うけど全部本当の自分です。

 

唯一無二のアイデンティティという幻想が人を窮屈にする。

誰かを助けたという結果としての行動のきっかけは、そうして誰かと接触してできた「自分の中の自分」を助けたいという動機なんです。自分を助けたいのだから、そこに「私だけが犠牲になって」なんて感情は生まれない。「なんで私だけいつも割食って」なんてことも思わない。

 

利己的な感情こそが、結果的に人を助け、自分をも満足させるんですよ。

 

「情けは人のためならず」はまさにそういうこと。

 

だから、利他、利他、うるさいやつは本当に信用ならないんだよ。そういう奴に限って、自分の意見に賛同しないやつを敵扱いして、排除したり攻撃したりするよね。そんなのたくさん見た。新興宗教の創世記でよくあるある。

 

本当に利他的行動する奴は、言葉で利他なんて言わない。先に行動している。

 

※参考図書 アダム・グラント「ギブ&テイク」

「3高」「3平」「4低」と移り変わる結婚の条件に翻弄される人たち

むか~し昔、今から30年くらい前、大都会東京に結婚したがっている女性がいました。彼女は自分のお相手となる男性にこんな条件を希望していました。

 

3高!

 

3高とは「高学歴・高収入・高身長」です。

そのために彼女は着飾って、毎週末はパンツの見えそうなミニスカートを履いて、特大の羽根つき扇子で踊りあかし、そんな「3高」男性を探しました。

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しかし、結局そんな男性は見つかりませんでした…。

 

 

それから、20年ほど経て、平成の時代へ。新たに結婚したがっている女性が現れました。彼女は、「3高」なんて条件は諦めて、こんな条件を設定しました。

 

3平!

 

3平とは「平均的年収・平凡な外見・平穏な性格」

そうです。「高くなくていい」のです。「平凡でいい」「普通でいい」のです。そうして彼女は婚活にいそしむものの、女性が考えている「普通」と、男性の現実としての「普通」には大きなギャップがありました。

普通年収600万くらいあるでしょ?→いえいえ、現実的には300万円が普通なんです。バブル以降、サラリーマンの平均年収はあがるどころか下降線をたどっていたのですから。

そうして、「普通でいい」と妥協したはずの彼女もまた、結婚せずにいつしかすアラフォーを迎えようとしています。

 

 

そして、もはや「高」も「平凡」もいらない! 「低」でいいという女性が現れました。

 

4低!

 

4低とは「低姿勢・低依存・低リスク・低燃費」です。

 

いくらなんでもこれなら見つかるだろう。

彼女は安心しきっていました。さてさて、4低とは一体どんな条件なんでしょうか?それは、男性にとって果たしてクリアしやすい「楽な条件」なんでしょうか?

そして、4低を条件としてあげた彼女の運命やいかに?

 

 

 

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…というお話を日経COMEMOコラムに書きました! おかげさまで日経電子版のトップページで紹介されています。

 

 

 

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この続きはこちからどうぞ

comemo.io

意識高い系の人たち、名刺出さないで人とつながれますか?

NewsPicksでは、東京の丸ビルを舞台に一夜限りの酒場「丸の内ビジネス酒場」をイベント的に展開していて、昨年実施されたDMM.com会長・亀山敬司さんによるトークセッションの模様が記事として公開されています。

 

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亀山さんのお話は非常におもしろいし、タメになることも多いので是非!

 

newspicks.com

 

newspicks.com

 

newspicks.com

 

 

2番目の記事にあるのは大企業に勤めている社員に向けた言葉。

大企業に勤めている人ほど、自分の会社の関係のある人たちだけのつながりしかない人が多い。何千人も社員がいたとしても、実は毎日顔を合わせているのはせいぜい10~20人なんですよ。

こういう状態が一番まずい。本当に自分自身が「よどむ」。

 

会社の人間との付き合いが悪いわけじゃないけど、いつも同じメンバーと話し合っていても何も生まれないんです。

だからって、外部の異業種交流会なんか行くのも意味ない。

ああいうところで名刺交換して満足している人はもっとヤバい。たぶんそういう人って、名刺出さないと人としゃべれないと思うんですよ。

それがダメだとは言わないけど、名刺交換もせずにどこの会社とか肩書きとか知らないまま、酒飲みながら知り合った人との話が、あとあと自分にとってものすごく有益な場合が多い。

それこそ、マーク・グラノベッターの言う弱い紐帯の強さ」なんです。いつも一緒の強い絆の間柄より、有益で新規性の高い刺激をもたらしてくれるのは、いつものメンバーとは違う弱いつながりの人たちの方です。いつものメンバーは安心は提供してくれますが、刺激はくれません。

 

僕がやっている「スナックぼっち」もまさにこんな弱い紐帯」のきっかけ作りの場なんです。

スナックぼっちに参加していただいた「借りてきたネコ」さんが、当日のことをブログに書いてくれました。彼女ともこの日が初対面でした。

whoaredendenmusi.blog.fc2.com

 

初対面だと人と話せなくて…なんて思っている方がいたら、ぜひ次回の「スナックぼっち」にお越しください。20人程度の集まりなんで、絶対に話をしないといけない状態になりますから。

もしかしたら、そういう場に来なかったら一生会わなかったかもしれない人たちがそこにいます。その日を限りに一生会わないかもしれません。でも、直接会って会話をすることで、自分の中に「その人によって生まれた自分」が生成されます。必ず生まれます。

この「自分の中の多様性」を生むことが大切なんです。

 

 

亀山さんの話に戻るけど、3番目の記事でこんなことを言っています。

もちろん今だから「若い奴に投資」とか言ってるけど、俺も若い頃はプレイヤーだったから、自分に投資してたよ。

プレイヤーとしての自分に投資。

 

これがとても大事。

正直、こういうイベントに来る人とか、さっきの話じゃないけど、NewsPicksでコメントしている人とか、異業種交流会に行きがちな意識高い系の人って、どういう自信なのかわかんないけど、「自分もホリエモンとか亀山さんみたいな起業家になれる! 」と鼻息荒いんですよね。

その根拠のない自信は決して悪くはない。

悪くはないけど、一方で冷静に判断してほしい。みんながみんな亀山さんみたいなすごい経営者になれるわけでも、若者に金を投資できるような滅茶苦茶な金持ちになれるわけじゃないんです。

数パーセントですよ、たぶん。

 

でも、自分に投資することは誰でもできる。社長じゃなくても、金持ちじゃなくても、しかもいつでもできる。

自分への投資とはまさに人とつながることですね。さっき書いた人とのつながりでしか「自分の中の多様性」は生まれないんですから。

 

何が言いたいかっていうと、酒場へ行こうってことです。一人でもいい。スナックなら一人がデフォ。

日経新聞のCOMEMOのKOLに就任しました!

日本経済新聞社が手がけるビジネスパーソン向け知見共有プラットフォーム「COMEMO(コメモ)」のKOL(キーオピニオンリーダー)の一人に就任しました!

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月何回かこちらでコラム掲載いたします。

ニュースリリースはこちらprtimes.jp

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一回目が公開されていますので、ぜひご覧ください!

「結婚しようがしまいが誰もが一人に戻る」

一人暮らし世帯の世界ランキングを掲出しています。

comemo.io

 

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それにしても、日経新聞というメディアなのにあまりに認知されてなくてびっくりします。ターゲットである中高年男性を狙うのであれば、少なくともフェイスブック広告とかはすべきだと思いますけどね。それだけでざっと万人単位で集客が変わる。たいした広告費はかからない。

離婚した中年男が陥る「死に至る病」とは?

東洋経済オンライン連載「ソロモンの時代」記事更新しました!

今回のテーマは、「未婚者より離婚者の方が死にやすい?」についてです。

toyokeizai.net

 

未婚男性が食生活の乱れなどで生活習慣病になりやすいという話はよく聞きますが、45-64歳で見てみると、未婚男性より離婚男性の方が圧倒的に多く病気死亡率が高いことがわかりました。

特に、糖尿病に至っては、有配偶男性の12倍、肝疾患も9倍近くです。グラフで見ると一目瞭然!

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なぜ離婚した男性がこれほどまでに病気で死んでしまうのでしょうか?

詳しくはぜひ記事本文をお読みいただきたいのですが、簡単に言うと、「離婚して病死する男性は配偶者だけに極度に依存しすぎている」ということだと思います。

誰かに依存することは決して悪いことではありません。拙著「超ソロ社会」のメインテーマでも「ソロで生きる力」にも関連しますが、誰にも依存しないことが自立ではありません。人は一人きりでは生きていけないわけですから。

 

「ソロで生きる力」とは何者にも依存しないということではなく、依存することのできる多くのモノや人に囲まれて、自ら能動的に選択し、自己決定できる状態にあることを指します。それこそが本当の意味の「精神的自立」なのです。

 

問題なのは、依存先がたったひとつしかないこと。奥さんだったり、職場だったり、唯一依存になってしまうとそれがなくなった瞬間に自分自身も消滅するんです。

記事の最後にこんなことを書きました。

老後のために資金を貯金することには熱心でも、もっと大事な「人とのつながり」を貯金することを忘れてはいないでしょうか。

貯金も大事かもしれませんが、それよりその貯金の一部を「人とのつながり」を作るために使うというのが大切です。それこそが自分の中の多様性を活性化し、自分の中に頼れる依存先を作ることにもつながります。

依存先は決して自分の外だけに存在するものではないのです。

自分の中にできた頼れる依存先とは新しい自分自身です。人とつながれば新しい自分を生み出すことにもつながるんです。

 

そんな「人のつながり」を応援するイベントとして、昨日1/30は「スナックぼっち」の第二弾を実施しました。

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おかげさまで大盛況で、みなさん楽しく飲んで語ってお帰りになられました。

なんでこんなイベントやっているかというと、僕の本やコラムを読んでいる方は独身者・一人暮らしが多いのですが、どうしても職場と家との往復だけだったり、恋人がいなかったり、新しい知り合いのきっかけがなかったりする「ぼっち」の人が多い。

「ぼっち」自体は否定しませんし、ひとりの時間はむしろ大事なんですが、そういう人たちが気軽に単独で集まってつながれる機会があったらいいのにな、という思いでスタートしたのが「スナックぼっち」です。

婚活支援のためではないし、出会い系イベントでもないです。異業種交流会でもありません。ぼっちがぼっちのまま参加してゆるくつながれるコミュニティを目指しています。強い絆のある仲間意識だと疲れちゃうしね。

主催は僕ですが、それぞれ参加された方同士が自由につながって、SNS友達申請しあったりして、各自が自分のつながりを作っていってくれてます。

コミュニティというとどうしても場所をイメージしがちですが、僕は「つながりこそがコミュニティ」になると考えています。

 

結婚・離婚とかの状態に関わらず、つながれない孤立が一番危険。それこそが死に至る病だと思います。

最近、講演なんかでは「コミュニティ3.0論」を展開していますので、どこか出版社の方、編集者の方、お声掛けしてください。