ソロで生きる力@荒川和久

来年1月に新刊「超ソロ社会-独身大国日本の衝撃」が出ます。「結婚しない男たち」とあわせてよろしくお願いします。独身研究の第一人者としてテレビ・ラジオたまに出ます。東洋経済オンライン、読売新聞オンライン他コラム等執筆しています。執筆・取材・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージからお願いします。https://www.facebook.com/profile.php?id=100008895735359

浦島太郎って亀助けてもないし、爺さんにもなっていない件

みなさん、浦島太郎のお話はご存じですよね?

ただ、あのお話はいろいろなストーリーがあります。そもそも、浦島太郎は亀は助けていなかったし、玉手箱をあけても老人にはならなかったという説もあります。

そして、案外みなさんが知らないのは、浦島太郎ってそのへんをウロウロしていたただの漁師ではないんですよ。

そもそも浦島太郎のお話は「古事記」に載っているお話です。

 

簡単に説明すると、古事記の中に「海幸彦と山幸彦」の兄弟の話がありますが、その弟である「山幸彦」が浦島太郎のモデルです。

古事記ではホオリという名前です。彼の父はニニギといって、天孫降臨してきた神様で、あのアマテラスの孫です。そうです、要するに、浦島太郎ってアマテラスの曾孫にあたる人なんですよ。

彼はもともと山で狩りをするのが得意だったのですが、釣りのうまい兄の大事にしている釣り針をある日あやまって海に落としてしまいます。兄は「マジぜったい許さねえ」と怒ります。「弁償するから」というホオリに対して、兄は「ダメ。あの針じゃないと釣れないんだ。あの針そのものを海潜ってでも探してこい」と理不尽なことを言います。神話の世界から理不尽は当たり前です。

途方に暮れたホオリに手を差し伸べたのが、シオツチという潮汐の神です。これが浦島太郎の話では亀にあたる。事情を聞いたシオツチが「それならば、海の神であるオオワダツミさんの所に行けばいいんじゃね?」と用意してくれたのは竹の籠。亀じゃなくて。

ホオリはそれに乗って、海へと漕ぎ出すわけです。

そして辿りついた海底都市(竜宮城)にて、トヨタマヒメという女子にホオリは出会い、簡単に一目惚れ。しかも、その姫はワダツミの娘という、なんという都合のいいストーリー展開。姫を通じて、父親のワダツミに会うことができたのだが、「針を探しに来た」というのを忘れて、「娘さんを僕にください」と言ってしまう。ワダツミは「いいよー」ってことで、その後二人は肉欲に溺れ(失礼)、愛を育むわけです。

いい加減に書いているようですが、古事記に出てくる神様は皆こんな感じで、「ゆるい高田純次的いい加減さ」があります。

そんなこんなで3年が過ぎ、ホオリもやっと本来の目的を思い出すわけです。「かくかくしかじかで釣り針を探しているんです」と言ったら、ワダツミが見つけ出してくれた。それで、兄貴に針を返すために地上に帰ろうとするが、これ決して永遠の別れじゃなくて、あとでトヨタマヒメもついてくるという話でした。

玉手箱に当たるものも書いてあります。

ワダツミから餞別に、呪文と数珠みたいにものをホオリは受け取るんですが、これははっきりと「兄貴を懲らしめるための復讐の道具」と明言されるんです。煙の出る謎の箱を渡されたわけじゃない。

結局、陸地にあがったホオリは兄貴をその道具で懲らしめて家来にしてしまいます。ちなみに、竜宮城から地上までホオリを送ってくれたのは亀ではなくサメでした。

その後、海からトヨタマヒメがやってきて、いきなり「子どもができたの」と言うわけです。ここらへんがもう浦島太郎のお話とは違いますが、要するに浦島太郎と乙姫は結婚して子どもを作ってたというのが真実(神話に真実もないけど)だったわけです。

ホオリは喜んで彼女のために産屋を作ります。その時に彼女が言った台詞が、その後いろんなお伽噺ででてくる「決して中を見ないでください」ってやつです。

そう言われて見ない男はいない。

ホオリも産屋の中を覗き見してしまう。そこにいたのは、かわいい姫ではなく、牙をむき出しにして暴れるサメの姿だったわけです。乙姫はサメだったのです。

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「げっ! 」と思わず声を出したしまうホオリ。トヨタマヒメはそれに気づいて「見ないでって言ったのに…」と子どもを残して海に帰って行ってしまいます。

その時に生まれた男の子がアエズという子で、この子が後のイワレビコのお父さんになります。イワレビコとは後の神武天皇のことです。

つまり、浦島太郎は初代天皇神武天皇のおじいちゃんでもあるわけです。

系譜にするとこんな感じ。

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系譜にもありますが、神武天皇のお母さんは、乙姫の妹であるタマヨリヒメです。日本の神話において、浦島太郎と乙姫ってものすごい重要なポジションを占めているわけですね。

 

ちなみに、よりによってなんでサメ?と思う方もいるかもしれませんが、そもそもサメと人というのは、共通祖先から分岐したという説があります(シカゴ大学、ダブリン大学、ケンブリッジ大学の研究チームの論文より)。それによれば、3億8500万年前のサメの亡骸の研究から、サメとヒトはデボン紀の前の時代であるシルル紀(4億4300万年~4億1600万年前)に分岐したと推測されたそうです。神話って実はこういう科学的な部分もたくさんあっておもしろいんです。

 

しかし、こう見ると浦島太郎のモデルとなったホオリってなにひとつ成し遂げたことないよね。釣り針なくしたし、単に女ナンパしただけだし、兄貴を屈服させたのも他人の力だし、「見るなよ」の約束は破るし…。

でも、神話に出てくる人たちは大体こんな感じで、今に通用する道徳観とか生産性とかそういうものは一切ないんですよ。そんなノリがそもそも日本人だったんじゃないかって思うんですよね。仏教とか儒教とか入ってきて、いろいろと教訓めいたお話になっていくんですよね。

 

 

ちなみに、浦島太郎を現代的かつ経済的な視点で読み解くとこうなります。

亀さんというキャッチに捕まった太郎さんは、キャバクラ「竜宮城」に連れていかれました。キャバが初めてだった太郎は、そのあまりの煌びやかさと、トップキャバ嬢の乙姫の魅力に参ってしまいます。

ドンペリ開けるとヒーロー扱い。キャバ嬢にチヤホヤされるのが太郎は快感で、つい調子こいて散財してしまいます。会計の時、当然持ち合わせはありません。仕方なく、乙姫は玉手箱という名前の取立人をつけて太郎を返します。「決して玉手箱を怒らせてはいけませんよ(だから、さっさと金返せよ)」

家に戻った太郎ですが、返すお金などあるわけがありません。友達に頼むも皆「お前なんか知らない」と言われる始末。さんざん歩き回されて、結局回収できないことがわかると玉手箱の怒りは頂点に達し、太郎をボコ殴りしました。恐怖のあまり太郎は白髪になったしまったとさ。めでたしめでたし。

 

 

古事記はおもしろいですよ。日本初のプロポーズのお話はこちらの記事に書いています。

toyokeizai.net

コルク佐渡島さんとの対談で新たに生まれた新しい自分

CS放送で僕がMCをしている番組「超ソロ社会・ニッポンの未来」。半年間やってきましたが、今回が最後の収録でした。感慨深い…。

最終回にふさわしいゲストにご出演頂きました。コルクの佐渡島庸平さんです。マンガ『バカボンド』『働きマン』『インベスターZ』『宇宙兄弟』『ドラゴン桜2』など数々のヒット作を手掛ける編集者です。

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なんか、僕、身体曲がってんなwww 整体行かないと…。

 

まあ、それはさておき。

佐渡島さんと言えば、コミュニティのお話。じっくりいろいろお話したいことは山ほどあったんですが、やはり1時間では時間が足りませんでした。しかし、今後の社会における「コミュニティ」や「自分との向き合い方」について示唆に富むお話がたくさんありました。

この模様は、11月最初の木曜夜21時にCS放送「BBT.ch」にて放送予定です。その次の月曜23時にも再放送されます(もしかしたら変更あるかもしれません)ので、お時間ある方はぜひ! 

 

ところで、今日の対談では、佐渡島さんが最近キャップをかぶっている理由がとても興味深くて、佐渡島さんのキャップの使い方はまさにこれからの非言語コミュニケーションのカタチだし、ある意味では、キャップが「人と人をつなげる」シナプスのような役割を果たすものに変わり得ると感じた。そうすると、キャップというひとつの物体でさえ「コミュニティ」にもなりえるんだなあ、と思ったんですよね。

コミュニティというと、場所とかととらえがちですけど、わかる人が見たらわかるキャップをかぶっていると、「あ、それ! 」って見知らぬ誰かと誰かが会話をするきっかけになるかもしれないし、ネットでのつながりのきっかけになるかもしれない。

人と人をつなげるのは場だけじゃなくて、キャップというモノもその機能を果たすことができる。もちろん、キャップというモノには所属することはできないけど、キャップを通してつながることはできるわけで、それこそ接続するコミュニティのひとつのカタチなのかもしれないな、と思ったわけです。

 

よくよく考えたら、場だけが人と人をつなげるわけじゃないんですよね。

思えば、僕と佐渡島さんとは、実は2016年3月にはじめてお会いしているんですが、そのきっかけは本でした。平野啓一郎さんの"私とは何か 「個人」から「分人」へ"という本を僕が読んで、ここにあった「分人」という考え方と言葉に感銘を受けまして、「なんかおもしろいことができないかなあ」とあまり考えずに、即コルクを訪ねまして、そこでお会いしていろいろお話させていただいたのが佐渡島さんとの出会いだったんです。

 

 

 

その時は結局アウトプットには至らなかったんですが、その後、その「分人」という考え方を参考にして、2017年1月発売の拙著「超ソロ社会」の第6章は生まれたわけです。「自分の中の多様性を育てる」ことが、ソロ化する社会における孤立からの処方箋であると書きました。

いわば、平野さんの本というモノによって、僕は佐渡島さんとつながったわけなんです。

 

さらに、言うと、その2か月後の5月には、キングコング西野さんの絵本"オルゴールワールド"を読んで感動し(これ、あまり話題にならないけど、ほんといいお話です)、彼の独演会チケットを本人が手売りしていたので購入した縁で、ニコ生に出演させてもらったんです。

 

 

最初の僕の本「結婚しない男たち」を題材にしたソロ男トークをさせてもらいました。その模様はこちらで確認できます。

 

logmi.jp

 

 

ありがたいことに、西野さんとは、その後彼のおとぎ町やクラファンにも参加させてもらったり、単に飲んだりとお付き合いさせていただいています。そんな西野さんと佐渡島さんも(後から知りましたが)つながっていたんですよね。

 

さらにさらに、人の縁とはおもしろいもので、その後、歴史オタクでもある僕は、角田陽一郎さんの"「24のキーワード」でまるわかり!最速で身につく世界史"を読んで、角田さんともつながりができました。

 

 

彼には2017年1月の「超ソロ社会」の発売記念のトークイベントの対談相手としてご出演いただいています。

 

news.careerconnection.jp

 

そして、佐渡島さんと西野さんと角田さんは2017年8月に、3人一緒にプロジェクトやられていたりしています。 

 

www.youtube.com

 

佐渡島さんから西野さんを紹介してもらったわけでもなく、西野さんから角田さんを紹介してもらったわけではないのですが、同時期に起きた奇妙なつながりに、我ながら驚きます。

そして、奇しくも3人とも「本」というモノがそのきっかけをくれたわけです。本というコミュニティ(シナプス)がなかったら、多分この3人とはつながれていないし、そうすると、3人とつながったことで生まれた「僕の中の僕」も生まれてこなかったと思うんですよね。

その波及って実は凄まじいと思っていて、「僕の中の僕」が生まれたからこそさらに「新しいつながりの芽」も生まれたはずで、これこそが接続するコミュニティの醍醐味であり、彼らによって僕のインサイドコミュニティ(自分の中の多様性)は育まれたと思います。

インサイドコミュニティのお話はこっちに詳しく書きました。  

wildriverpeace.hatenablog.jp

 

コミュニティというとどうしても「所属」という概念から離れられない人が多いのですが、「接続」だけでも立派なコミュニティのひとつになりえるし、大事なのは、自分の外側に知り合いや友達を作るというアウトサイドコミュニティの充実化ではなく、それによってどう自分の内面に、多種多様な人たちとのつながりで生まれた「やおよろず(八百万人)の自分」を充満させていくかってことだと思うんですよね。

 

 

今日の収録では、佐渡島さんのご著書"WE ARE LONELY, BUT NOT ALONE. "についても少しお話させていただきましたが、引用させていただくとこの言葉は、「我々は孤独だが一人ではない」とも言えるし「我々は一人だが、孤独ではない」とも言えます。

 

 

「孤独は死に至る病」とか言って、孤独というものを諸悪の根源にしたいおじさんおばさんがいるんですが、決してそんなことはないんです。一人であるという物理的状態=孤独と考えてはいけない。一人であることよりも、大勢の集団の中にいながら、心が孤立してしまう方がよっぽど辛いはず。

逆説的ですが、一人であることを楽しめる人というのは、イコール人とつながることのできる人でもあるんです。一人であることを極度に恐れる人は、表面上多くの人に囲まれていても、誰ともつながれていないから心が孤立感を感じてしまうのではないでしょうか?

そのためにもシナプス型コミュニティは大切です。本でもキャップでもツイッターのつぶやきでもシナプスになりえる。それは、誰かとつながるための回路というより、自分自身を充実させる扉です。それこそが接続するコミュニティへだし、突き詰めると、インサイドコミュニティという自分の中の宇宙開発とも言える。

初体験年齢と幸福度との謎の関係

ホントどうでもいい話ですが、飲み会の席の与太話ネタになるかも。

初体験年齢と幸福度の都道府県ランキングの奇妙な一致。初体験年齢が早いほど不幸度が高いという謎の相関関係。なかなか興味深いものがあります。ぜひご一読ください。

※「初体験が早いと不幸になりやすい」からといって「初体験が遅いと幸福になれる」わけでは決してございません。そして性体験がずっとない人も魔法使いにはなれません。

comemo.io

 

 

記事内にグラフを出していますが、今から30年前の1987年では18~34歳女性の3割しか性体験がなかったという事実に驚きます(処女率は65%でした)。18-34歳男の童貞率は30年間一貫して4割以上で安定しています。

こちらは男性の童貞率長期推移のグラフです。

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「話を聞く」という職業が生まれる

かつては、ツイッター上の炎上経営者として活躍した「ステーキハウス けん」の井戸実氏ですが、最近はめっきり噂を聞かなくなってしまいました。一時期は、「税金8000万円も納めているんだぞ! 」と鼻息も荒かったのですが、自店の食中毒問題以降いろいろ本業の方も大変そうです。

ところで、彼は「ニート嫌い」で有名で、炎上ネタのほとんどはニートに対する煽りだったわけですが、以前ツイッターでこんなことを言っていました。 

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要するに、「おっさんが説教するために金を払うイベント」であり、「おっさんの説教を聞けば金がもらえる仕事」です。

これ、今更ながらすごくいいアイデアだと思うんですよ。

誰もが経験したと思うんですが、上司とかの説教って本当時間の無駄というか、ウザいことこの上ないですよね。でも、それを「はいはい」と聞いていれば金がもらえるとしたらどうでしょう?まあ、仕事だと思えばいいと思いませんか?

一方、おっさんの側です。昔は、部下や後輩に対して思う存分説教(というか、ストレスのはけ口として、下の人間をマウントしてただけという場合も多い)しても問題ありませんでしたが、今では「説教すらもパワハラ」になる可能性があります。部下を思っての善意の説教でさえ、告発されることだってあります。

そんな時、こういうイベントは、まさに両者にとって「渡りに船」というか「WIN-WIN」の仕組みになりますね。

大昔は、年長者や長老の話というのは、その長い経験や豊富な知識に基づいた貴重な「知的コンテンツ」でしたが、今はそんなものはググれば済む話です。どこの馬の骨かわからない上司や先輩の話より、テレビに出たり本を出したりしている専門家の話を、Peatixでは3000円くらい出せば、直接聞ける時代です。聴くどころか、直接対話だった可能です。

こうして、普通のおっさんたちにとって、自分の承認欲求や達成欲求を満足させられる日常の機会は失われてしまったのです。

若い人は「別にそれでいいじゃん。何か問題でも?くだらねえおっさんの説教なんか無駄だし」と思うかもしれません。しかし、きみたちもいずれおっさんになるんです。

おっさんになるとわかりますが、悲しいかな、「若い人への説教」くらいしか自分の社会的役割を感じられなくなるおっさんも多いんです。

この欲求が満たされないとどうなるかというと、コンビニや飲食店の店員にがなり立てたりしてフラストレーション解消しようとするわけですね。それはそれで、全然関係のない人に迷惑の火の粉がかかります。

そんなおっさんのために、この「金を払えば若者が説教を聞いてくれる」というコンテンツは、まさに「おっさんのためのエモ消費商品」になりえるわけです。

エモ消費とは、承認と達成という精神的価値を満足させ、自己の社会的役割を確認するために人は金を支払うようになるという、僕独自の未来の消費形態です。 

wildriverpeace.hatenablog.jp

 

例えば、おっさんが1時間説教する様を聴くイベントを、一人「▲3000円」で売り出せば?いいわけですね。参加者は3000円を払うのではなく、3000円を受け取れる。10人呼べば、おっさんは3万円を払って、思う存分若者に対して説教することができる。来たお客さんは、当然仕事ですから、おっさんの話に(内心、クソが! と思っても)うんうんと首がもぎれんばかりにヘドバンするわけです。メモを書きまくるわけです。

おっさんは精神的満足を得るし、若者は金を手に入れる。

いいことづくめじゃないですか。

勿論、すべて無言で聞くだけじゃなくて、おっさんの刺激になるような反論や質問をしてもいい。いい刺激となるようなことを言ったら、おっさんはまたチップを出してください。

幸い金はあるおっさんなら、こうして若者へ所得の再分配をすればいい。経済とはそうやって回していくもんですし、そもそもお金が回ることだけが経済じゃなくて、お金はあくまで共通の記号として使われているだけ。つまりは、気持ちや感情が(お金という形にのせて)回ることこそが経済の基本なんですよ。「情けは人のためならず」ってそういうことだし。

 

…とここまで書いて気付いたんですが、これってキャバクラやガールズバーと一緒でしたwww。

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でもね、こういうことってすごく大事で、「話を聞いてくれる」ということがこれからは商売になる時代になると思うんですよ。だって、これって機械じゃ代替えではないから。人間が聞いてくれるから、若者が聞いてくれるから、俺の話がどこかの若者の何かの役に立ってくれるとおっさん自身が信じられるなら、これに金を払う意味は大いにある。

言ってしまえば、「話す人を気分よく話させるように聞けるってことは価値がある」ってことなんです。

僕は、いろいろなメディアの取材を今まで受けています。数にしたら100人以上は取材する人にお話していますが、中にはとても気持ちよくお話させてくれて、話をしている途中で次々と話が膨らむ聞き方をする人がいる一方、まったく話をするモチベーションがあがらないような聞き方しかできない人がいることも確かです。

聞く力は能力ですし、才能だと思います。

そのうち「話を聞いてあげる」という商売だって成立するんじゃないかと思うわけです。プロリスナーってやつですね。

2005年頃、日本にもあった「結婚を金で買う」ということ。

中国での結婚事情が悲惨な状況になっています。

日本での結納金にあたる彩礼銭相場が高騰し、給料の3か月分どころか年収の10倍も払うようになってしまったのだとか。

3400万人(ひとつの国家人口並みの規模)もの男余り現象の中国ならでは。
もはや結婚はお金で買わないといけない時代になりました。

そして、かつて日本人も、結婚を金で買った男たちがいます。彼らの切なくも痛ましい末路についても書きました。フィクションではありません。事実です。ぜひご一読ください。

comemo.io

 

 

ちなみに、結婚の話とは変わりますがフィリピンは、セブ島など日本人に人気の観光スポットが多く、旅行客も多いのですが、ぜひ知っておいていただきたい事実があります。

それは、フィリピンは日本人の殺害事件が最も多い国です。過去10年でも、公表されているだけで40件ほどの日本人殺害事件が発生しています。

しかも、そのほとんどが射殺です。

直近の例では、2018年8月、フィリピン中部のセブ島で、市内で車を運転中の日本人男性が、バイクに乗って近づいてきた2人組に突然、銃で撃たれ死亡したという事件もありました。

フィリピンは、銃保持が合法化されていますし、密造の短銃は約2万円程度で簡単に手に入る社会です。そして、プロの殺し屋が存在しているそうです。

といっても高額な報酬は必要なく、記事でふれた20万円の報酬は高い方で、100ドルでも請け負う人がいるくらいです。金目当ての強盗もありますが、日本人が恨んでいる日本人を殺すために、わざわざフィリピン旅行に連れ出して、現地の殺し屋を雇って殺害依頼をするというケースもあります。

フィリピン旅行に行くなという気持ちはありませんが、フィリピンに限らず海外旅行に際しては、日本ではありえない事態があるということ。こういう事実も知った上で、行ってほしいと思います。

「なぜ?」を考えすぎるのもよくないよ

ライオンが水に落っこちてしまう動画がツイッターで話題でした。癒されます。

 

これを見て、落ちたライオンよりも、それを気遣う丘の上のライオンの姿の方に感動してしまった。明らかにこの友達のライオンは心配しています。

当たり前のことですが、言葉を持たない動物も、情動や感情があります。ペットを飼っている人なら体感していることでしょう。哺乳類だけではなく、鳥類も爬虫類でさえ情動や感情があると言われています。

うれしい、かなしい、腹立たしい、楽しい…。そういった瞬間的な反射的な情動だけではなく、記憶に基づく感謝や恨みの感情まであります。

 

だから何年も離れ離れになったとしても、再会した時に元の感情が湧きあがってくるわけです。

11年ぶりに育ての親に再会した引退盲導犬の姿をご覧ください。盲導犬は、引退すると老犬ホームか老犬ボランティアヘ行って余生を過ごすそうですが、希望によっては赤ちゃんから1年程度育ててくれたパピーウォーカーが引き取ることもあるそうです。

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ちなみに、僕はこれ見て涙腺崩壊しました。

 

盲導犬にとって(もしかしたら犬とか猫とか全体的にそうかもしれませんが)居場所が重要なのではなく、一緒に行動を共にする人間との関係性が重要なんです。大好きな人と一緒なら、そこが山だろうと川だろうとコンクリートの中だろうと関係ない。自分を認めてくれる相手がいて、自分が何らかの役割を果たせることが大事。

これは、まさに人間界における「接続するコミュニティ」と同じです。

盲導犬の場合は、その関係性が強制的にかわってしまいます。最初は、育ての親であるパピーウォーカーの人、二番目は盲導犬としての訓練を受ける訓練士の人、そして三番目は盲導犬として仕える主人、最後、引退する時の余生の場所で世話してくれる人。

接続した人ごとに、盲導犬は自分の役割を果たすとともに、それを果たしている自分を認めることができます。そこには、情動や感情だけではなく、多分脳によって働きかけられた意識が強く作用しているのだと思います。

しかし、この盲導犬が最後育ての親に駆け寄った時は、情動だけが行動の原動力だったのではないでしょうか?冒頭のライオンの心配もそうです。脳の指令で駆け寄ったわけではないし、脳の命令で心配をしたわけではない。

情動とは、とかく本能的で原始的で反射的で、高等な行動ではないと言われたりします。だけど、人間をはじめ、すべからく動物なんてものは、行動の原理は情動=エモーションなのです。

情動は言葉ではうまく説明できません。理屈ではないからです。

情動で動くなんてなんて知能の足りない奴だ、とか言う人は何もわかっていません。情動こそが行動の原動力であり、思考なんてものは後付けの理屈にすぎないんです。

泣け! と脳が指令したから涙があふれるのでしょうか?転んだ子どもに手を差し伸べるのは、何か頭の中で損得計算した上のことでしょうか?ゴキブリを見て不快になるのは、かつてゴキブリがあなたにパワハラでもしたからでしょうか?

すべて理由はないんです。

理由がないまま放置することが人間にはできないので、後でもっともらしい理屈を必ずつけようとします。脳の働きとはまさに、解釈することです。

脳が何もかも決めているわけじゃないんです。能のアルゴリズムだけで人間が運用できるのならば、人工知能は完全な人間になれるはずです。理由なき情動とそれに伴う反射的な行動。それこそが人間、いや人間だけじゃなく、温かい血液の流れる生物すべてに共通する原理なのかもしれません。

僕たちは、とかく「なぜ?」と理由を探りたがります。理由を探り、結論を発見させることそれ自体が、脳の機能だからかもしれません。でもそれはあくまで後付けの理屈であって、安心するかもしれないけど、正しいとは限らないし、時代や地域がちがえば、その理屈も全く違うものになる、普遍性なんか何一つないものなんです。

あのブルース・リーの名言を思い出してください。

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「考えるな、感じろ! 」

 

そして、その名言を活用したほのぼのした曲もご紹介しておきます。

www.youtube.com

パワーカップルとプアーカップルという夫婦格差

東洋経済オンライン連載、更新しました!

今回のテーマは、「夫婦の所得格差」についてです。

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年代や子の有無関係なく、夫婦をひとかたまりの類型で見てしまうと気付きませんが、共働きが増えているといっても、その内情は、ほとんどが夫の年収の方が高い「妻の上方婚」で占められています。

婚活で「女性の上方婚志向」=「年収いくら以上じゃないとヤダ」という発言は、ともすれば男性側から非難されますが、現実の夫婦はきっちりそういう状態に収まっているわけです。

30代夫婦だけを取り出してみても、子有りと子無しでは大きく違います。特に、共働き30代子無し夫婦だけを取り出すと、所得の同類婚による夫婦格差が広がっていたことがわかります。いわゆるパワーカップル問題です。

未婚男性がよく「金がないから結婚できない」と嘆きますが、たとえ結婚したとしても、お金の問題はつきまといます。

toyokeizai.net

 

なんと、ヤフーの方ではアクセスランキング2位にもなりました。樹木希林さん、安室ちゃん、貴乃花という記事に交じっての2位! すごくないすか?(笑)

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ぜひご一読ください。

 

今回もたくさん読んでいただき、ヤフコメは250件以上いただきました。東洋経済の方のコメント欄はいつも通り読者層の問題か恨みつらみが多いので読まなくていいと思いますが、ヤフコメで面白かったのはみなさんがご自分の夫婦の状況をご報告してくれていることです。なぜなんでしょうwww

でも、こういった定性的な情報は参考になります。

夫は結婚が早かったし大卒ではないので、年収は低かった。でも共働きなので気にしてなかったなぁ。お金は生活できて、趣味が楽しめるくらいあれば良い。仕事を頑張ってくれて、いまは所得が高い方になりました。お金云々というより、気配りができる、先を見越して迅速に行動できるところが好きだし、結局そういう人は所得も伸びるんですよね。

→いや、多分こういう奥さんだからこそ旦那の収入が伸びたんだと思います。

自分は高校卒業後、30過ぎまで地方で親と同居の正社員で年収450位あったけど、朝6時に家出て帰宅は夜9時とかなので相手見つける暇も無く休日は独身貴族で自分のやりたい事を好きなだけやりたいまま楽しんでました。家に入れてても余って貯金も1000万円以上になりました。お金が全然無い若年者の意味が解りません。ようやく33歳で12歳年下の妻と出会って結婚しました。自由なお金は無くなったけど楽しい生活です。

→自由=幸福とは限りませんからね。

 

まさに夫婦共働きで年収500万。
働けど働けど税金税金で生活楽にはならないし、4人目が産まれるので不安しかない。育休明け戻らせてもらえる職場があるのはありがたいけど、
お金の悩みは尽きない。だけど、帰る家があって暖かくて子ども達の笑顔を見れるのは幸せだなって思う。その幸せの為に働いてるのは嫌ではない。

→4人目のお子さんとか。幸せそうで何よりです。

 

高校中退の30過ぎ、色んな職種の求人を見てきたが、経験なしにすぐに入れた会社はせいぜい250から350万くらいにベースアップする程度の会社。ボーナスなし、あっても寸志レベル。残業代なし、一日約12時間労働。退職金なし。今まで実際に入った4社は、求人に書いてあることは100%うそ、実際に昇給するのは10人に1人くらい。まったく所得が上がる見込みない会社で年収を上げようと思うと副業するか妻に働いてもらうしかない。しかしそれで収入が上がったとしても、時間はなくなるから、家事、育児の負担ストレスは増える。結婚から約7年やっと妻が正社員になったら世帯収入がやっと450万ほどに、その後家事分担がうまくいかず私は鬱に、妻はストレスで家庭に嫌気がさし家庭崩壊。それぞれ環境によってこの記事の内容より、もっと細かいレベルで各家庭で格差があるだろう。所得格差ある時点で同じ目線で話にならない。

→同じ世帯収入500万円近くでも上の方とは違いがでるようで…。夫婦いろいろですね。

 

一方で、独身上等! というソロ女からのコメントもあります。

独身時代から生活には一切困らない程度には稼いでいたので、少なくとも生活レベルを下げてまで結婚はしたくなかった。
自分より収入の低い男性と結婚する位なら、独身でいた方がいい。
予期せぬ自体で無収入になった時に支える覚悟はあるけど、最初から相手の収入ありきで生活するような結婚は嫌です。
選択子無し共働き夫婦で、生活費等全て折半して、貯金もできる。夫の稼いだお金は自分のものとは思ってないし、自分の欲しいものは自分の稼ぎで全て買います。
私が男性なら、結婚して生活レベルが下がる位なら、絶対結婚なんかしたくない。女性でも最低限稼げる努力能力が必要です。

 

かと思えば、専業主婦妻に対する愚痴を書かれる夫も。

俺の嫁は4年制名門女子大卒で大手銀行勤務だったのに、結婚後24歳で退職して以降一度も働いてくれない。一方の俺は3度目の海外駐在で今は発展途上国に単身赴任中だ。家計は全て俺が支えており日々プレッシャーを感じる。日本は男女平等ではない。実態は女が男をこき使って働かせる不平等社会だと思う。

 

夫婦の世帯を年収などのデータで分析したとしても、同じ世帯収入であったとしても、当たり前ですが夫婦それぞれ異なる物語が存在します。マクロ的な定量調査はそこまでは読み取れません。僕の書いた記事を読んで、それぞれの夫婦(または独身)の人たちが、自分を見つめ直し、幸せを再確認したり、はたまた不満を噴出させたり、いろいろな情動があっていいと思います。

ひとつだけ言いたいことは「他人と比較したところで意味はない」ということです。高年収共働き夫婦だからといって決して幸せとは限らないし、低年収夫婦が不幸だとも言い切れません。

結婚生活は経済生活であって「愛がすべて」なんて中二病みたいなこと言うのは、メルヘン脳の人に多いんですが、「金がすべて」というわけでもありません。

お金がなくても結婚はできますが、お金がないと結婚は続けられない。愛があるから結婚したという夫婦も、愛がずっと続いていくとは言い切れない。

そう思います。

 

売れない芸人と歯科女医のカップル。

 

結局さ、男だろうが女だろうが「金を稼いでいる事実」で相手をマウントするものなんだよね。「誰のおかげでうんたらかんたら」って定番の台詞は、言うか言わないかは別にして心の中ではみんなが思っているもんなんだろうね。

 

いずれにしても、結婚とは年齢も学歴も収入も同類婚が増加していることは間違いありません。同類だからこそ出会いの機会もあるし、知識的・金銭的価値観も合うからでしょう。だだ、同類縁がいきすぎることでの弊害もあります。それについては以前ここに書きました。

wildriverpeace.hatenablog.jp