ソロで生きる力@荒川和久

来年1月に新刊「超ソロ社会-独身大国日本の衝撃」が出ます。「結婚しない男たち」とあわせてよろしくお願いします。独身研究の第一人者としてテレビ・ラジオたまに出ます。東洋経済オンライン、読売新聞オンライン他コラム等執筆しています。執筆・取材・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージからお願いします。https://www.facebook.com/profile.php?id=100008895735359

西野亮廣を科学する②「革命のファンファーレ」を絶対読んだ方がいい人とは?

を科学するキングコング西野さんの「革命のファンファーレ」読了しました!

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20-30代の若い子たちは、もちろん読んでほしいですが、個人的には、この本、40-50代のサラリーマンのおじさんたちに是非とも読んでほしいと思います。特に、50代を過ぎて、会社の中での先が見えてしまい、人生の目的を見失っている人とか。

この本は、こんな一節から始まります。

「やりたいことが見つからない」と言うことがいる。これを読んでいるあなたも、もしかしたら、その一人かもしれない。

西野さんは、この言葉を若者向けに言っていますが、実はこれ、50代以上のおっさんたちにも言えることなんです。

人生100年時代だとかいっていますが、仕事に関しては、50代半ばでお役御免というのが大体の企業の常識です。就業構造基本調査を見てもわかるように、サラリーマンの年収は50代前半まで右肩上がりに上昇しますが、55歳を過ぎると急降下します。これはどこの会社でも役職定年という制度があり、55歳を過ぎて役員になれなかった人たちは、それまでの管理職も退いてペーペーの平社員に戻される例が多いからです(給料は下がっても名刺上は、「○○部部長待遇」とかわかのわからん肩書きで、せめてもの対面だけは残すという風潮もあります)。

かつては60歳定年だったですが、寿命が延びて定年自体も65歳に延びるようになりました。年金も後ろ倒しになるわけですから、ほとんどの人はまだまだ働く必要があるわけです。

しかし、そうはいっても、もう昔のように自分のチームも持たせてもらえず、部下もおらず、やりがいのある仕事からも遠ざけられると、人間はモチベーションそのものを消失します。結果、何もしないで平穏無事に定年まで出勤するだけの社員になることも多い。

70歳で死んでしまう昔ならそれでもよかったでしょう。でも今や、仮に60歳でリタイヤしても、男でさえあと20年は生きなければいけないわけです。

そうした時に50代の彼らの脳裏に浮かぶのはまさにこの言葉なんです。

やりたいことが見つからない。

そう。この言葉は、決して若者だけの悩みではないんです。

 

ひとつの会社、ひとつの肩書きにしがみついていては、もう生きていけない世の中になろうとしています。今までの常識を覆すというといろいろ考え込んでしまうかもしれませんが、西野さんが書いている内容は決して常識を逸脱したものでなく、むしろ今の環境への適応力です。

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おじさんたちへ。どうでもいいようなビジネス書や自己啓発本を読むくらいなら、この「革命のファンファーレ」をご一読されたし。すると行動したくなりますよ。どんな行動かは読めばわかります。

ちなみに、西野さん本人が冒頭部分を無料公開していますので、ネット立ち読みしたい方は是非!

lineblog.me

 

もうひとつ。「革命のファンファーレ」は全国の作り手・売り手の方たちにぜひとも読んでいただきたいと思います。

この本では「売り方」とか「お客さん」という言い方で、売り手・作り手側からの物言いをしていますが、西野さんほど買い手の気持ちに寄り添っている作り手はいないと思います。

彼自身が言っているように、作り手は作っただけで終わりじゃなく、お客さんの手元に届けるまで責任を持つというのは、まさにそうで、「どうしたらうれしくなるか」「どうしたら楽しくなるか」という、買い手の感情まで考えているからです。

クラウドファンディングを活用して「お客さん自身を作り手側に巻き込んで共犯者にしてしまう」という発想も単に売るための施策ではなく、消費行動をすること自体に「お客さん自身の達成感」をプラスしているんです。

消費というと「金」の消費としてしか考えない人が多いですが、消費には「時間の消費」も含まれます。人は「自分の金や時間を削る対象として価値があるものに対価を支払うし、時間を費やす」のです。

かつてはモノを所有すればそれで価値があった時代もあった。思い出のような体験が得られればそれで価値があった時代があった。でも今は、それだけでは人は対価を支払い、時間を費やす価値を感じなくなりつつあります。

 

西野さんが、絵本などの作品や数々のクラファンなどを通して提供している価値とは、まさに「お客さん自身の達成感」です。大袈裟に言ってしまうと「お客さん自身の社会的役割の確認と充足」です。そこには、実はこれからの時代に、とても大事なコミュニティの概念も含まれています。

モノ・コト消費からエモ消費へ。

拙著「超ソロ社会」にも書きましたが、僕はこれからの消費のカギをはお客さんの感情(精神価値)にあると提言しています。消費者がお金や時間を消費する価値があるかどうかは、彼らひとりひとりにとって、「その先のどんな心の価値を提供してくれるか」が見えないとダメだと思います。その心の価値の充足を得られるからこそ、その手段やツールとして人は「モノ」や「コト」を消費するんです。モノやコトはもはや目的ではないんです。

極論すれば、何のモノも手にしなくても、何の体験もなくても、「エモ」という精神価値が満足させられるならば、それで十分人は金と時間を提供します。

僕は、消費というのは「お金と時間を費やしてどう幸せを感じるか」という行動であって、それは人生そのものだと思っています。

そして、西野さんの手掛ける内容は、単なる「承認」や「達成」という人の根源的欲求の満足にとどまらず、帰属意識の満足も視野に入れています。いわゆる「人とのつながり」であり、「コミュニティ」の話です。

「おとぎ町」「プペル展」「しるし書店」「レターポット」「スナック・キャンディ」と次々と彼はコミュニティも作っていっています。時代が変わる時、共同体も変わります。今後は、血縁とか職場とか、親友のような強い結びつきの共同体ではなく、「ゆるいつながり」を複数持つことが大切になります。「ソロで生きる力」で提言している複数依存力です。

西野さんの活動にインスパイヤされて、僕自身も「つながるぼっち」プロジェクトはじめました。そして、「これからのコミュニティ論」について、僕も今原稿を書いています。編集者の方、ご興味あれはぜひお声がけください。

とにかく、西野さんからは目が離せない。とってもエモい存在です。

www.huffingtonpost.jp

 

※追記

なんか「革命のファンファーレ」は「魔法のコンパス」より読む価値がないとディスってる人がいたんだけど(そこそこ有名な人)、なんだかな…。

これは、「読むだけの本」じゃないんだよね。それがわかってない。もっというと、「革命のファンファーレ」という本は単体として存在するものではなく、西野さんが用意した「あらゆる行動の余白」の一部でしかないわけ。西野さんは決して本を買ってほしいわけじゃなく、その先にある「行動」をしてくれさえすればそれでいいんですよ。

読む価値があるとかないとかのレベルを言いだすこと自体、「今の環境に適応していない」んだなって思うわ。

 

 

 

1年前に西野さんについて書いた記事↓

wildriverpeace.hatenablog.jp

 

西野さんに紹介してもらいました。あざっす!