ソロで生きる力@荒川和久

独身研究家として、テレビや新聞・雑誌などのメディアに出演しています。著書「結婚滅亡」「ソロエコノミーの襲来」「超ソロ社会」「結婚しない男たち」など。東洋経済オンライン等でコラム執筆しています。執筆・取材・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージからお願いします。https://www.facebook.com/profile.php?id=100008895735359

人口減少が不可避な中での適応力ってなんだろ?

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人口減少は不可避です。避けられません。

誰が首相になろうとも、どんな施策を打ったとしても変わりません。その前提で、未来をどうしていくかを考えるべきステージに来ていると、何度も僕は言い続けているのですが、相変わらず「人口減少が問題だ。国難だ。結婚しろ。子どもを産め」と興奮する人がたくさんいます。

人口減少で問題になるひとつに労働力不足が言われます。昨今の人手不足は深刻ですし、それを移民によって賄うべしという言説も盛んです。ですが、そもそもそれはあくまで高齢者をすべて支えられる側としてしまう昭和的な発想から脱却できていないからなんですよね。

所謂、15-64歳の現役世代が65歳以上の高齢者を支えないといけないとすると、1人で〇人の老人を背負わなきゃいけない。だからその負担を少なくするために人口を増やせという理屈です。

でもね、あの指標は本当に意味ない。だって年齢で区切ったところで本当に現役世代全員が働いているのか?って言ったらそうじゃない。もちろん、物理的な理由や健康上の理由で働けない人もいるけど、働けるのに働いていない人もたくさんいます。逆に70歳でも元気に働いている高齢者もたくさんいます。

視点を変える。働く人が働いていない人を支える社会という視点でみれば、何もそれほど悲観する話ではないんです。というか、この問題を悲観とか楽刊とかで語るべきじゃないし、粛々と現実を受け止めて対応できるかという問題なんです。

ひとつだけ言うと、人口総数が減ることは何の問題もない。総数の問題ではなく、要はバランス(均衡)の問題なんです。にも関わらず、単純に数だけであーだこーだ考えるから本質的なところが見失われる。

そういう視点で書いた記事です。ぜひご一読ください。 

 

toyokeizai.net

 

※タイトルに少子高齢化ってありますが、人口減少がテーマです。

 

今回もいろいろなコメントいただきました。前述したように「能天気すぎる」「楽観的すぎる」という声も多くあります。

人間の脳というものは不思議なもので、ネガティブなことの方が記憶に残りやすいそうです。

事実、"なぜ日本は「少子高齢化」に目を背ける? 老いぼれ国家に若者が殺される現実"とか"2019年から日本国は衰退へ。海外メディアも一斉に警告「少子高齢化という時限爆弾」"とか、そういう不安を煽るような記事はよく読まれるそうです。

でもこういう類は、得てして悲観的にことの羅列に終始して、じゃあどうすんの?じゃあどうなんの?って話は一切出てこない。

なぜなら、不安を煽ることそれ自体が目的だからです。上記にあげたふたつのタイトルの記事は実在の記事です。あえてリンクを貼らないのは、これが広告記事だからです。要するに、不安を煽って「くわしくは有料登録してください」「講演を依頼してください」って持っていき方なんですよ。

このやり口って、詐欺師やカルト宗教と一緒なんです。

もちろん先々の不安に対してリスク対策をとることは大事です。でもよく考えて欲しいのは、老後にはいくら金が必要だから、とかそんな情報に振り回されて、世界一の箪笥貯金国家になってしまったのが現在の日本。ちっとも経済が周らなくなってしまいました。また、子ども1人育てるのにン千万円かかるという情報に過度に反応して、なかなか2人目、3人目を産めなくなっているというのもあると思います。

不安は無意識に行動を抑制します。何もしない。変化を生まない。現状維持がいい、という心理が働くから。でもそういった行動の沈滞こそが、抽象でしかなかった不安を現実に変えてしまうのですよ。

 

相変わらず(言っちゃ悪いけど)クソコメントも来ています。

「対立は不毛だ」は既得権者が「このまま搾取させろ」を言い換えたものにすぎない。少子高齢化が莫大な負担となって跳ね返ってくるのは明らかで、そうなってしまうのは子育ての負担をしないフリーライダーがいるから。
ソロでもいいなどと宣伝する者の罪は重い。
子なし税を負担しろ。

ちゃんと記事読んでるのかね?

なぜ、そうした対立軸でしか物事を考えられないのだろう?子無し税なんて導入したところで、以前も記事書いたけど消費税の0.3%分にも満たない。意味ない。

 

wildriverpeace.hatenablog.jp

 

人間なんてちゃんとやっているつもりでも、どこがで誰かに助けてもらっているし、今後誰かに迷惑かけるかもしれない。今の状態が未来永劫続くわけじゃない。大事なことは、社会は1対1で周っているわけじゃないってこと。誰かが誰かのためになっている「お互い様」の循環こそが社会ってもんじゃないの?

「対立は不毛だ」は既得権者が保身のために使うものではなく、権力者が敵を作って味方を洗脳するために使う言葉です。過去の宗教戦争然り、ヒトラー然り。

フリーライダーを許さない社会とは、無慈悲な自己責任社会です。果たしてそんな社会は幸せなんでしょうか?

以下、本文からの引用です。

結婚してもしなくても、子があってもなくても、あなたが働けば、あなただけじゃなく、誰かもう1人を支えられると皆が信じられる社会。自分のために働いたり、消費したりすれば、結果として、誰かのために役立つ循環性のある社会。私が言い続けている「ソロ社会は人とつながる社会である」というのは、そういう社会であってほしいと思います。