ソロで生きる力@荒川和久

来年1月に新刊「超ソロ社会-独身大国日本の衝撃」が出ます。「結婚しない男たち」とあわせてよろしくお願いします。独身研究の第一人者としてテレビ・ラジオたまに出ます。東洋経済オンライン、読売新聞オンライン他コラム等執筆しています。執筆・取材・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージからお願いします。https://www.facebook.com/profile.php?id=100008895735359

「なぜ?」を考えすぎるのもよくないよ

ライオンが水に落っこちてしまう動画がツイッターで話題でした。癒されます。

 

これを見て、落ちたライオンよりも、それを気遣う丘の上のライオンの姿の方に感動してしまった。明らかにこの友達のライオンは心配しています。

当たり前のことですが、言葉を持たない動物も、情動や感情があります。ペットを飼っている人なら体感していることでしょう。哺乳類だけではなく、鳥類も爬虫類でさえ情動や感情があると言われています。

うれしい、かなしい、腹立たしい、楽しい…。そういった瞬間的な反射的な情動だけではなく、記憶に基づく感謝や恨みの感情まであります。

 

だから何年も離れ離れになったとしても、再会した時に元の感情が湧きあがってくるわけです。

11年ぶりに育ての親に再会した引退盲導犬の姿をご覧ください。盲導犬は、引退すると老犬ホームか老犬ボランティアヘ行って余生を過ごすそうですが、希望によっては赤ちゃんから1年程度育ててくれたパピーウォーカーが引き取ることもあるそうです。

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ちなみに、僕はこれ見て涙腺崩壊しました。

 

盲導犬にとって(もしかしたら犬とか猫とか全体的にそうかもしれませんが)居場所が重要なのではなく、一緒に行動を共にする人間との関係性が重要なんです。大好きな人と一緒なら、そこが山だろうと川だろうとコンクリートの中だろうと関係ない。自分を認めてくれる相手がいて、自分が何らかの役割を果たせることが大事。

これは、まさに人間界における「接続するコミュニティ」と同じです。

盲導犬の場合は、その関係性が強制的にかわってしまいます。最初は、育ての親であるパピーウォーカーの人、二番目は盲導犬としての訓練を受ける訓練士の人、そして三番目は盲導犬として仕える主人、最後、引退する時の余生の場所で世話してくれる人。

接続した人ごとに、盲導犬は自分の役割を果たすとともに、それを果たしている自分を認めることができます。そこには、情動や感情だけではなく、多分脳によって働きかけられた意識が強く作用しているのだと思います。

しかし、この盲導犬が最後育ての親に駆け寄った時は、情動だけが行動の原動力だったのではないでしょうか?冒頭のライオンの心配もそうです。脳の指令で駆け寄ったわけではないし、脳の命令で心配をしたわけではない。

情動とは、とかく本能的で原始的で反射的で、高等な行動ではないと言われたりします。だけど、人間をはじめ、すべからく動物なんてものは、行動の原理は情動=エモーションなのです。

情動は言葉ではうまく説明できません。理屈ではないからです。

情動で動くなんてなんて知能の足りない奴だ、とか言う人は何もわかっていません。情動こそが行動の原動力であり、思考なんてものは後付けの理屈にすぎないんです。

泣け! と脳が指令したから涙があふれるのでしょうか?転んだ子どもに手を差し伸べるのは、何か頭の中で損得計算した上のことでしょうか?ゴキブリを見て不快になるのは、かつてゴキブリがあなたにパワハラでもしたからでしょうか?

すべて理由はないんです。

理由がないまま放置することが人間にはできないので、後でもっともらしい理屈を必ずつけようとします。脳の働きとはまさに、解釈することです。

脳が何もかも決めているわけじゃないんです。能のアルゴリズムだけで人間が運用できるのならば、人工知能は完全な人間になれるはずです。理由なき情動とそれに伴う反射的な行動。それこそが人間、いや人間だけじゃなく、温かい血液の流れる生物すべてに共通する原理なのかもしれません。

僕たちは、とかく「なぜ?」と理由を探りたがります。理由を探り、結論を発見させることそれ自体が、脳の機能だからかもしれません。でもそれはあくまで後付けの理屈であって、安心するかもしれないけど、正しいとは限らないし、時代や地域がちがえば、その理屈も全く違うものになる、普遍性なんか何一つないものなんです。

あのブルース・リーの名言を思い出してください。

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「考えるな、感じろ! 」

 

そして、その名言を活用したほのぼのした曲もご紹介しておきます。

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