ソロで生きる力@荒川和久

独身研究家として、テレビや新聞・雑誌などのメディアに出演しています。著書「結婚滅亡」「ソロエコノミーの襲来」「超ソロ社会」「結婚しない男たち」など。東洋経済オンライン等でコラム執筆しています。執筆・取材・対談・講演のご依頼はFacebookメッセージからお願いします。https://www.facebook.com/profile.php?id=100008895735359

30歳過ぎて独身は負け組底辺っていうけど、もはや過半数。選挙でいったら独身の方が勝ち!

「負け組底辺だから独身でいいよ!」 30超えて独り身の男性は果たして惨めなのか?という記事というか愚痴を見つけた。かなり拡散されているらしく、ツイッターのタイムラインにも流れてきました。

news.nicovideo.jp

 

要するに、「30過ぎても結婚ができず、子供もいない人生を歩むのは負け犬なのか?」というよく言われる話です。その中にある「負け組底辺だから独身でいいよ」という自虐コメントがタイトルになっていねわけですね。

負け犬ねえ…負け組ねえ…。

それに対する僕の正直な感想は以下です。

 

いや、ホント。お前は何と戦っているんだ?って話ですよ。

仮にそれが勝負だとしましょうか。30代で独身だと「負け」というなら、日本の男の半分は「負け」ていることになりますね。だって、30-34歳の未婚率は47%です。25-34歳のアラサーにしても60%が未婚なんです。むしろ30歳で結婚している方がマイノリティ。2015年の人口動態調査でも男の平均初婚年齢は31.1歳(女29.4歳)です。

30歳で独身なんて普通なんです。

てか、過半数なんですよ。選挙でいったらむしろ独身の方が勝ち組であって、結婚している方こそ民進党じゃないですか。

いや、もっと言うと、何歳だろうが独身が5割の時代になったら、結婚しない生き方でさえ普通になる時代がくる。

 

問題は、こうした書き込みをせざるを得ないように独身を追い込む世間の規範なんですよ。以前も書きましたが、日本人の結婚規範は外国に比べて異常に高く、しかも既婚者だけではなく独身者の結婚規範が高い

「結婚できていない自分はどこか欠陥がある」

そんなふうに自分を追い詰める独身者が多いんです。だから独身男女は無意識に心の中に欠落感を抱え、それが不幸感として表面にあらわれてしまうんです。それについては東洋経済オンライン連載「ソロモンの時代」でも書きました。→参照 40代独身者が「幸せになれない」根本原因

toyokeizai.net

ただ、ツイッター上での反応を見ると、概ね「人は人」「自分が幸せならいいんじゃね」というのも多かった。ちょっと前までは、こうした内容には既婚者の「甘えるな!結婚するのが当たり前だ」のオンパレードだったのが、少し変わってきている感じはします。

それでも相変わらずな意見も多い。

ただ一つだけはっきりしてることは、結婚して家族を築いておかないと老後は孤独死

出た!お決まりの孤独死脅迫!

これについては、もはやいちいち反論するのもバカらしいのですが、結婚しようがしまいが孤独死のリスクはみんなにある。特に、女性はほとんど旦那に先立たれるわけで死ぬ時は一人です。子どもがいたって同居しているとは限らない。なまじ寿命が延びているだけに、逆に突然死の危険性は高まるんです。

そもそも孤独死しないために結婚するなんてのは順序が逆。

 

他には、「独身は自分の好きなことだけやって幸せを感じている」という部分に対する反論だと思うが、こんな意見も。

自分が幸せになるために生きてると思ってる奴はアホ。自分以外の誰かを幸せにするために生まれてきたんだよ、お前は。

はあ?自分以外の誰かを幸せにするために生まれてきた?冗談でしょ。

これね…瀬戸内寂聴の言葉だと思うんだけど、真っ向否定させていただきますわ!この言葉には前フリがあります。

人は死を逃れて生きるということはできない。たえず死と隣り合わせに生きている。人は自分の意志で生まれてきたのではなく、命を授かってこの世に生まれてきたのです。何のために。自分以外の誰かを幸せにするためです。

なるほど…。最後の言葉以外は賛同しますが、だけど、そもそも「生まれてきた目的が誰かのために」なんてことはあり得ない。

だったら、「誰かの約に立っていない人間には価値がないとでも?」言いたいんだしょうか。そんなバカな話はない。

僕は何度も繰り返して言ってるし、「超ソロ社会」にも書いていますが、「誰かのために」とか「何かのために」という言い方で自己犠牲を強いる詭弁が大嫌いです。

加えて言うなら「利他」という言葉が大嫌いです。

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人間は、皆ひとりひとりが自分自身が幸せになるように生きるべきです。そういうと、そんな社会は、個人の利己主義だらけのバラバラな社会になるという頭の悪い指摘をいただきますが、「自分の幸せとは何か?」をちゃんと考えてほしい。

自分の幸せは自己完結できるものではないんです。人は人とつながり、互いの承認や達成を認め合うことで幸せを感じられる。だから、自分が幸せになれるということは周りの誰かも幸せにしているんです、結果的に。

誰かのために自分は我慢して…なんて発想になるから、「搾取」や「詐欺」が起こるんです。人を詐欺ろうとする人間をなめちゃいけません。詐欺る奴等は大体不幸感を抱えている奴等をカモにしますからね。

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「あなたが不幸せなのは、誰かのために何も施していないからです。さあ、このツボを買ってみんなのために尽くしましょう」

よくある定番詐欺台詞じゃないですか。

自分の幸せのために生きる。それこそが、周りの幸せを生みだす原動力。それでいいんです。「幸せになるために結婚する」「結婚したら幸せになれる」なんてことも順序逆だし、迷走している。

大体「人を幸せにしてやる」という変え方自体が傲慢甚だしい。幸せなんてものは、「してもらう」ものでもないし、「成し遂げる」ものでもない。「そこにあることに気付く」ものです。

 

 

ベストセラー作家で出家もしている瀬戸内寂聴の言葉と荒川和久ごとき雑魚の言葉とどっちを信じるか?瀬戸内寂聴に決まってんだろ?信用度が違うわ?

どうぞ、ご自由に。

別に賛同してほしいから書いてるわけじゃないのでね。瀬戸内寂聴の言葉だろうが、高名な坊さんの言葉だろうが、独裁者の言葉だろうが、自分で納得できないものは納得しないだけなんでね。

ひとつ言っておくと、肩書きや権威だけでその人自身やその人の言葉を丸ごと信用するのは、「愚か者」の典型だし、「自身の選択と決断の放棄」だからやめた方がいいですよ。

それこそ不幸への谷底に向かう行動そのもの。

ちなみに、瀬戸内寂聴全体は否定しているわけではございません。この言葉だけは納得できないだけ。悪しからず。